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世論遊論 『酒と泪と男と司法試験』

第146杯「10年ごとに振り返るマイライフ②」

(30代)1999年、33歳の時に司法試験に合格し、翌年、4月に司法修習生となり、2001年に弁護士登録したときは、35歳となっていました。2003年、37歳の時に結婚し、翌年に子どもが生まれました。この時、自分の人生で最も重たい決断をしています。妻は妊娠初期に、自宅で1人でいるときに脳出血を起こして倒れ、緊急で開頭手術しました。発見まで半日くらい経過していましたが間に合いました。胎児は手術の間、もたないだろうと医師からは言われていましたが、奇跡的に生きていました。しかし、妊娠続行は母体の負担が大きいこと、母体の大手術は、胎児にも影響があり、障がいをもって生まれてくる可能性があることから、妊娠続行には医者の間でも意見が分かれました。妻は、術後数か月間、意思表示できない状態であったため、ぼくが、2週間考えて妊娠続行の選択をしました。妊娠中絶を選択すると、一生、後悔することになるだろうと考えたからです。子どもが無事に生まれたときは、感無量でした。

(40代)妻は、脳出血の影響で、療養・介護が必要ですので、ぼくは、自宅兼事務所を建築し、2007年1月、40歳で独立開業しました。ところで、旭川弁護士会の会長は、言わば順番制、事前の調整で立候補は1名だけとするので、対立候補が出ての選挙になったことはありません。そういうわけで、ぼくも46歳で旭川弁護士会会長に就任し、2年間、務めました。毎月1回、木曜日、金曜日の2日間、東京で開催される理事会に通いました。会長時代、最高裁判所に出頭して弁論し、1,2審敗訴をひっくり返して勝訴しました(2014年7月17日)。その日の夕方以降、テレビのニュース番組で全国放映され、翌日の全国紙の朝刊で一面を飾りました。弁護士として一生に一度あるかないかの出来事です。

(50代)平成から令和になり、2019年8月、53歳の時に趣味の居酒屋巡りで、ついに全都道府県を踏破しました。その後、コロナ禍が始まりましたが、長男は順調に進学し、2023年に東京大学に現役合格しました。同年の5月、コロナが5類感染症に移行し、3年半ぶりに行った店のボトル(竹鶴)がまだありました。いずれも嬉しかったです。今年の5月から、民事裁判の手続き全般がデジタル化され、弁護士は電子申立て等が義務とされ、還暦を迎えるアナログ人間のぼくにとっては、大変なストレスです。