メディア旭川 連載記事
世論遊論 『酒と泪と男と司法試験』
第145杯「10年ごとに振り返るマイライフ①」
ぼくは、現在59歳です。今年は60年ぶりの丙午、ぼくも還暦を迎えます。あと少しで50代も終わりです。そこで、年代ごとに人生を振り返ってみることにしました。
(10代)小学校、中学校、高校を卒業、大学受験に失敗して1年浪人しました。高校2年まで理系志望でしたが、数学が苦手なため、文系に転向し、国公立大学を目指しましたが、数学がネックになって、うまくいかず、私立大学も併願しました。暗記系の科目には自信があったことから、司法試験を受験しようと思い、当時、司法試験に強かった中央大学を選択しました。
(20代)大学を卒業し、就職せず、司法浪人しました。本格的に司法試験の勉強を始めたのは、周囲が就職活動を始めるころ(大学4年になる年)からで、司法試験の難しさを知らなかったことから、安易に司法浪人を選択しました。なかなか芽が出ず、あきらめかけていた大学卒業3年目、25歳の時に初めて司法試験の短答式に合格した時はうれしかったです。しかし、論文式は合格できず、20代はほぼ、司法試験の受験生活に費やしました。当時、受験5回目か6回目に合格することが多く、合格者の受験歴のパターンは5-4-1(短答式5回、論文式4回、口述式1回)か、6-3-1が代表的でした。ぼくの場合は、20代の時には短答式に5連勝したものの、論文式合格には届きませんでした。論文3回目、5回目のときは、手ごたえがあり、かなり期待しましたがダメでした。答案練習会の成績は良くなっていたので、あまりプレッシャーはかからずに受験できていました。
(30代)30歳の時に、それまで5連勝していた短答式に不合格となり、今年は合格できそうだと思っていた論文式を受験することなく、31歳になってしまったときは、衝撃を受けました。これ以降、年齢に対するプレッシャーがかかるようになり、答案練習会の成績も頭打ちとなりました。翌年は短答式には復活合格したものの、論文式にはピークを合わせられず、不合格。環境を変えようと、受験会場である早稲田大学の近くに引っ越しました。背水の陣を敷きましたが、答案練習会で思うように点が取れなくなり、限界を感じ、本当に苦しかったです。翌年(1999年)、合格不合格にかかわらず、今年で最後にする、悔いを残さないようにする、と完全に開き直って受験したら、ヤマが当たったこともあり、最終合格しました。30代の続きは次号。

