しらかば法律事務所TOP 北海道経済 連載記事 > 第99回 「犯罪」成立までの3段階

北海道経済 連載記事

2018年6月号

第99回 「犯罪」成立までの3段階

犯罪行為については刑事裁判で刑罰に問われ、不法行為については民事裁判で損害賠償の対象となる。いかなる場合に、犯罪が成立し、不法行為が成立するかは、社会に広く理解されているとは言い難い側面がある。そこで、今回は犯罪や不法行為成立の過程に注目する。(聞き手=本誌編集部)

セクハラをしたと週刊誌に掲載された財務官僚が、週刊誌を名誉棄損で訴えるなどと言っていると報道されています。セクハラも名誉棄損も不法行為であり、損害賠償の対象となり、場合によっては刑罰に問われます。犯罪が成立し刑罰に問われる場合は、すべて被害者からの損害賠償請求の対象となるので、犯罪が成立する過程をまず説明します。

刑罰の対象となる犯罪は、法律の条文に構成要件が規定されています(罪刑法定主義)。例えば殺人罪の構成要件該当行為は「人を殺す」こと(殺人行為)です。名誉毀損罪の構成要件該当行為は「公然と事実を示して特定人の社会的評価を害する」こと(名誉棄損行為)です。なお、故意がなければ殺人や名誉毀損行為ではありません。

では構成要件該当行為は、即、犯罪成立かといえば、そうではなく、行為に違法性がなければ、犯罪は成立しません。

例えば殺人行為でも、正当防衛が成立する場合には、違法性はなく、殺人罪は成立しません。名誉毀損行為も、示した事実の真実性の証明に成功すれば違法性はなくなります。相撲やボクシング、レスリングも暴行罪ないし傷害罪の構成要件該当行為ですが、スポーツとして正当な行為とされていますので違法性はありません。医師の手術行為も傷害罪の構成要件に該当しますが、医療行為として正当業務行為ですので違法性はありません。このように殺人行為、名誉棄損行為、暴行・傷害行為であっても違法性がない場合があるのです。

構成要件に該当し、違法性も肯定されても、責任を問えない場合には犯罪は成立しません。例えば、精神疾患のために無意識のうちに人をケガさせたり殺したりした場合、心神喪失状態で責任能力がなく、責任を問えないと判断されれば、犯罪は成立しません。飲酒や麻薬の使用でも判断能力は低下しますが、それは本人の意思に基づく行動で判断能力低下を招いたわけですから、責任は問われます。また、正当防衛状況がないのにあると誤信した場合、名誉毀損事実が真実ではないのに真実であると誤信した場合など、違法性を無いものとする事由に誤信がある場合、誤信もやむを得ない事情があると認められれば、責任を問われず、犯罪は成立しません。

民事の不法行為に基づく損害賠償請求についても、刑事の場合と同様に違法性がない場合、責任が問えない場合には、損害賠償請求は認容されません。名誉毀損行為に対する慰謝料請求の場合、名誉毀損事実の真実性の証明に成功するか、証明に失敗しても十分な調査をした上で真実と誤信したのであれば、やむを得ないとして、損害賠償請求は認容されません。しかし、十分な調査をしていなかったり、調査をしていてもその内容を明らかにしない場合は、誤信がやむを得ないとは認められず、その結果、慰謝料請求が認容されてしまいます。週刊誌に表現の自由はありますが(憲法21条)、名誉毀損的表現については、反真実で真実性の誤信に理由がない場合は、慰謝料請求の対象となるのです。表現の自由も、反真実の表現の自由まで無条件で保障するものではないということです。