しらかば法律事務所TOP 北海道経済 連載記事 > 第84回 刑事罰の原則歪める「共謀罪」

北海道経済 連載記事

2017年3月号

第84回 刑事罰の原則歪める「共謀罪」

いま開かれている通常国会に、「組織的犯罪処罰法改正案」が提出される見通しが強まっている。犯罪を実行した後ではなく、話し合いの段階で処罰する「共謀罪」の考え方が盛り込まれるため、このまま成立すれば悪い考えを抱いただけで罪に問われる可能性がある──。(聞き手=本誌編集部)

日本の刑法では、犯罪が実行されて結果が生じた「既遂」の段階で処罰することが原則となっています。実行に着手したが結果が生じていない「未遂」の段階、実行の準備しかしていない「予備」の段階での処罰は例外的で、殺人、強盗、誘拐など一部の罪について特に刑法の条文で明記する形で未遂や予備を処罰すると定めています。見方を変えれば、ほとんどの罪は未遂や予備だけでは処罰の対象になりません。

過去に国会に提出された法案では、2人以上の人が犯罪を行うことを話し合い、同意することを「共謀」とみなし、この段階で処罰すると定めていました。既遂はもちろんのこと、未遂や予備よりもはるかに前の段階で罰するというのですから、これまでの日本の刑法の基本的な考えからかけ離れています。

権時代に3回、国会に提出されましたが、野党や市民団体、日本弁護士連合会の強い反対を受け、いずれも廃案となっています。ここに来て自公政権が法改正に俄然積極的になっている表向きの理由は、2020年の東京オリンピックに向けたテロ対策の強化です。安倍総理は1月初旬に共同通信が行ったインタビューに対し、法改正ができなければ国際組織犯罪防止条例が締結されず、東京オリンピックが開催できないと語っています。

共謀罪で人を罰することは非常に危険です。現行のすべての犯罪の成立には主観面(犯行を決意する、頭の中で計画する)と客観面(準備する、実行する)の両方が必要ですが、共謀罪は、主観面だけで成立してしまいます。裁判では、具体的に行われた行為ではなく、被告が共謀した内容が焦点になるでしょう。どの共謀行為が有罪で、どの行為が無罪なのかを定めるルールができるでしょうが、最終的には裁判官が判断を下すことになります。日本の刑事訴訟では「自由心証主義」が採用されており、証拠の証拠力の評価については、裁判官の能力を信頼してその自由な判断に委ねられています。そのため、裁判官が共謀と認定する証拠ありと言ってしまえば、共謀罪が成立します。客観面不要ですから、ほとんど言い切りで共謀を認定できます。その時々の社会情勢により、裁判官も当局寄り、権力寄りの姿勢になることがあり、共謀罪に問われた人を裁くときにも、このような裁判官の傾向が影響してしまうのではないかとの不安を感じます。

今回も法改正に対して野党、市民団体、日弁連が強く反対していますが、新聞報道によれば政府は共謀罪の名称を「テロ等準備罪」に変更し、対象となる犯罪を半分程度に減らして、今会期中での成立を図る考えだということです。

現政権の発足以来、与野党間の圧倒的な力の差を背景に、特定秘密保護法、安保法制、最近ではいわゆるカジノ法など、反対の声が根強い法律が次々と制定されてきました。共謀罪への不安を顧みずに、このまま組織的犯罪処罰法改正案が国会で可決されてしまうのではないかと心配しています。本当に安倍総理の言うとおりなら、東京オリンピック開催を返上した方が良いと思います。