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北海道経済 連載記事

2017年2月号

第83回 司法の「費用対効果」

裁判の原告が勝敗と並んで注目するのが、被告からいくら損害賠償や慰謝料を獲得できるのか。その金額は原告の事前の期待を下回ることが多いが、先日大阪地裁ではわずか200円の損害賠償を命じる異例の判決が下された。今回の法律相談は裁判の「費用対効果」について考える。(聞き手=本誌編集部)

新聞報道によれば、昨年12月に大阪地裁で200円の損害賠償を命じる判決が言い渡されました。原告は土地の所有者で、被告はこの土地に軽自動車を30分間にわたり無断で駐車した女性です。裁判所が支払いを命じる金額としては異例の少額であることから、この判決は社会の注目を集めました。原告は弁護士に頼らず、本人訴訟で裁判を戦ったため負担した費用は5000円だけで、目的は無断駐車をやめさせることだったと主張しており、「費用対効果」には関心がないようです。もっとも、賠償額がわずか200円では、この判決に無断駐車を抑止する効果があるかは疑問です。

これは特殊なケースであり、一般的に原告は裁判を起こす前に「費用対効果」を考えずにはいられないでしょう。よく持ち込まれるのが「罵倒されたので相手から何とか慰謝料をとれないか」といった種類の相談です。録音などの証拠が残っていても、私は「厳密には慰謝料が発生しますが、その金額はせいぜい1万円から2万円です」とアドバイスします。弁護士費用を払えば割に合いませんから、本人訴訟でやりますかと尋ねると、大半の方は提訴を断念します。

ここで「厳密には」と言ったのは、理論上あるいは法的には慰謝料が発生する可能性があるという意味で、実際の裁判では、1〜2万円程度の慰謝料は根拠が明らかでないため、なかなか認定されません。「慰謝料を発生させる程度に至っていない」等、良く分からない理由で切られてしまいます。この点、大阪地裁の無断駐車をめぐる裁判では、付近のコインパーキングの料金という明確な基準があり、損害額を算出できました。これとは対照的に、精神的な被害は深刻度を金銭的に評価するのが困難です。

慰謝料について、期待と実勢の間に大きな差があるのが離婚をめぐる慰謝料です(養育費は別)。最近の判例や和解内容を見ると、慰謝料の額はDVや婚外子ができたなど一方に大きな責任がある場合でも、400万円程度が事実上の上限であり、200万円を下回る事例が大半です。私がこうした「相場」を説明すると、相談者に「そんなに少ないのですか」と驚かれるのですが、これは慰謝料が離婚後の生活資金となっており、あまりに少ないと生活設計が成り立たないため、どうしても1000万円以上といった多額の慰謝料に期待してしまうためでしょう。

こうした実勢を無視して、もっと多くの慰謝料を裁判で要求してほしいという依頼者もいます。少数ながら、実際に常識的な金額を大きく越える額を要求する弁護士もいます。私はこうしたやり方には賛同しません。相手方に恐喝に等しいと反論され、逆に裁判で不利な状況に陥ってしまうおそれがあるためです。相場とかけ離れた要求をつきつけたとしても、裁判官が示す和解案や判決は、過去の先例に従った相場に近い水準に落ち着きます。裁判官は先例と離れた判断をすることを嫌うため、離婚をめぐる慰謝料に関しては裁判に持ち込んでも多額の金額は望めません。