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北海道経済 連載記事

2016年12月号

第81回 弁護士が欺かれるとき

裁判で弁護士と依頼者はいわば「共同戦線」を形成するもの。すべての情報を共有しているのが理想だが、現実の裁判では、弁護士に隠し事をする依頼人も珍しくないという。(聞き手=本誌編集部)

弁護士は依頼人と協力して裁判に臨むわけですから、依頼人は本来、知っていることをすべて弁護士に伝えるべきです。ところが実際には、多くの依頼者が自分にとって不利な情報を、対立している相手や裁判官だけでなく、自ら依頼した弁護士にも隠そうとします。

こうした状況を、妻に浮気された夫が、浮気相手の男性を相手に慰謝料の支払いを求める裁判を起こしたケースで説明します。このような裁判では、浮気が原因で夫婦関係が破は 綻たんし離婚すれば慰謝料は高く認定され、浮気にも関わらず夫婦関係が維持されていれば慰謝料は安く認定されます。夫が妻との関係は妻の浮気により、形骸化している、事実上の離婚状態であると説明したため、夫からの依頼を受けた弁護士は、浮気のため夫婦関係が事実上破綻したと主張して、被害に見合った慰謝料を要求しました。

ところが、その後、妻が夫との間に新しくできた子どもを妊娠していることが発覚し、被告からもその指摘を受けました。婚姻関係は浮気により形骸化し破綻するどころか、維持継続していたわけです。裁判での主張は当然通らず、慰謝料の支払が命じられたとしても少額となります。こうした状況では、弁護士は途中ではしごを外されたような思いを味わうものです。

真実が隠されたまま裁判が進んでしまうこともあります。これも浮気関連ですが、妻が子どもを連れて家を出ていき、夫の側に離婚原因があり婚姻が破綻したと主張して離婚を求める裁判を起こしました。離婚が成立して裁判は終了しました。ところがその後、前妻は前夫以外の男性の子を出産し、前夫は前妻から親子関係不存在の確認を求められました(民法は離婚届後300日以内に生まれた子は前夫の子と推定されると定めています)。離婚の原因は、妻の浮気にもあったわけです。裁判中には妻の浮気の事実は隠されており、浮気の事実はないものとして裁判は終了してしまいましたので、後のまつりということになります。このケースは、前妻側の弁護士が真実を知っていたとしても、法廷では黙っていただけで、積極的に嘘をついたわけではないので咎められることはありません。真実と訴訟上の事実が異なっても裁判中に発覚しなければ真実とは異なる訴訟上の事実を前提に判断されてしまいます。裁判という制度を利用している以上、仕方のないことです。

刑事事件でも、被告人が不合理な供述をして罪状を否認する場合、その弁護士は内心信ぴょう性を疑うことはあっても、法廷では被告人の供述に沿って弁護をします。しかし、裁判でこうした主張が通ることはまずありません。

もっとも、刑事裁判の被告人が嘘の自白をしていて、自白が通って有罪となることがあります。身代わり犯の場合が典型です。交通事故案件で、運転者をかばって自分が運転していたと名乗り出るケース、暴力団がらみの案件で、子分が幹部の身代わりとなり、やっていないことまで認めるケースです。真実と「裁判上の事実」が異なってもよいので、このようなことが起こります。

ただし、身代わりであることが明らかになると身代わり犯は再審で無罪になる一方、犯人隠避罪に問われます。私も過去に一例だけ担当したことがありますが、犯人隠避罪は時効が成立していたため、身代わり犯には犯罪は成立しませんでした。