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北海道経済 連載記事

2016年7月号

第76回 「刑の一部猶予」効果は疑問

今年前半、最も社会の関心を呼んだニュースのひとつが「清原事件」。裁判の判決と同時期に、受刑者の立ち直りを支援を目的に新しい制度が導入された。小林史人弁護士はこの新制度の効果を疑問視しているという。(聞き手=本誌編集部)

私は弁護士としてこれまで数多くの刑事裁判で被告人を担当してきました。現在放送されているドラマのタイトル「99・9%」が示す通り、日本では検察によって起訴された被告人のほぼすべてに有罪判決が言い渡されています。私が担当した刑事裁判も2件の無罪判決を除いて有罪。執行猶予付き、または実刑判決が言い渡されてきました。では、これらの刑罰によって被告人たちは反省し、更生するかといえば、残念ながらそうでない人もいます。薬物犯の中には、裁判長に向かって「絶対にやめない」と言い切った人さえいました。また、社会生活に適応できず、出所したあとすぐに万引きや無銭飲食を犯して刑務所に戻ろうとする人もいます。刑事罰の目的には犯人の社会からの隔離、将来起きるかもしれない犯罪の抑制のほかに、犯人の矯正もありますが、少なくとも矯正が十分に行われているとは言えません。

覚せい剤の所持・使用で逮捕起訴された元プロ野球選手の清原和博被告に執行猶予付きの有罪判決が言い渡されましたが、早くも再犯のおそれが懸念されています。実際、覚せい剤犯の再犯率(2012年)は61・1%に達し、40代では7割以上に達するとのデータもあることから、薬物依存脱却を支援しなければ、再犯の可能性は否定できないでしょう。本人もそれがわかっているのか、被告人の弁護人は保護観察付きの判決を求めましたが、認められませんでした。

さて、この6月1日から「刑の一部執行猶予制度」が導入されました。薬物使用者や初めて刑務所に入る人、3年以下の実刑判決を対象に、受刑者を刑の途中で出所させ、保護観察などの指導の下で早期の社会復帰を促すしくみです。翌2日には早速、この制度に基づく判決が下されました。

この制度により、裁判官にとっては言い渡す判決内容について選択の幅が広がりました。これまでも状況に応じて執行猶予の有無、刑期の長短を決めることはできましたが、基本的には執行猶予は初犯にしかつきませんし、刑期は法律上で一定の範囲内に限定されているほか、類似の事件とのバランス(量刑相場)も考慮しなければなりませんので、型通りの判決が言い渡されてきました。清原被告に保護観察が付されなかったのも、保護観察を付す事件の相場を考慮したからに他なりません。刑の一部執行猶予制度も運用を重ねるうちに、相場が形成され、相場にしたがって刑の一部執行猶予が付されるようになると思います。

刑の一部執行猶予制度が受刑者の更生を後押しするかは疑問です。実質的に刑期が短くなることで、むしろ薬物犯などを増長させてしまうのではないかと懸念しています。現在も、出所した人、執行猶予判決を受けた人の立ち直りを支援するボランティアの保護司、国家公務員の保護観察官が活動していますが、支援の対象となる本人に更生の決意がなければ、その効果には限界があります。刑の一部執行猶予制度の導入で保護観察の対象者は大幅に増加するとみられており、保護司の増加、薬物依存脱却、社会復帰の強力な後押しが急務となっています。