北海道経済 連載記事
2015年2月号
第59回 行政訴訟での勝利は至難の業
民間人が国などの公権力を相手におこす行政訴訟で原告が勝訴することは極めて難しい。今回の「法律放談」は行政訴訟独特の事情について考える。(聞き手=本誌編集部)
刑事裁判で被告人の弁護人がどんなに力を尽くしても、無罪判決を勝ち取るのは極めて難しいという話は過去にこのコーナーでも取り上げてきました。実は刑事裁判だけでなく、民間人が国などの公権力を相手に起こす裁判、いわゆる行政訴訟でも、原告(民間人)が勝訴するのは非常に困難です。原告側が勝訴する確率は10%程度と言われています。もっとも、実質的敗訴の一部勝訴を含めての話ですから、実質的に勝訴することは、さらに確率が低くなります。
私はかつて、刑務所で発生した集団食中毒の原因となった病原菌に感染した受刑者のうち一人が国を相手に損害賠償を求めて提訴した裁判の一審で原告の代理人を務めたことがあります。一審では原告が食中毒の原因となった病原菌に感染した事実と国の過失が認められ、3万円を原告に支払うよう国に命じる判決が言い渡されました。ところが、国は控訴し、控訴審では、国側の証人として出廷した某大学の医師の証言が採用されて「被控訴人(原告)は病原菌に感染していない」と認定され、被控訴人は敗訴してしまいました。端的に言えば「詐病」との認定です。最高裁まで争いましたが、結局、上告人(被控訴人・原告)敗訴で判決は確定しました。
行政訴訟で勝訴することが難しいのは、原告と被告(国)との間では、マンパワーや情報力に圧倒的な差があるためです。たとえば前述の裁判で、原告代理人である弁護士が、原告の主張に沿った証言を法廷でしてくれる医師を探すのは容易なことではありません。訴訟を維持するにも費用や手間が大きくなり、原告の負担も重くなります。一方、行政訴訟の国側代理人は、本職は裁判官や検察官である「訟務検事」と呼ばれる公務員です。行政訴訟で訴えられた国は、費用や手間の心配などすることなく、彼らをフル活用し、医師の証言が必要なときには国公立大学の医師を揃えて万全の体制で裁判に臨むことができます。
マンパワーや情報力に圧倒的な差がある結果、原告は、法廷で国の過失や因果関係の立証を果たすことができず、敗訴してしまいます。
裁判は、一件一件、状況が異なり、科学のような対照実験ができないので厳密な比較はできませんが、民間の施設で食中毒が起きて、その利用者が損害賠償を求めて施設を訴えた場合、民事訴訟で勝訴することは国相手の行政訴訟ほどには難しくないというのが私の実感です。実際、私は、民間施設の集団食中毒案件を扱った経験もあり、被害者個々についてたいした立証もしないうちに、訴訟の早い段階で裁判所から和解案が示され、大きな金額ではありませんでしたが、相当な金額ですんなりと和解が成立しました。
行政訴訟で勝訴することは非常に難しいとの見方は、弁護士業界のある意味、常識となっています。処分を受けた公務員が、ある弁護士に処分の取り消しを求めて行政訴訟を起こしたいと相談したところ、その弁護士は「300万円持ってくれば裁判は引き受ける。ただし、絶対に負ける。それでもいいか。」と言ったそうです。この弁護士は戦う前からあきらめて戦意喪失していますが、行政訴訟の現状を端的に説明しており、ある意味良心的と言えます。