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北海道経済 連載記事

2013年1月号

第34回 虚偽の自白の背景にあるもの

「誤認逮捕」や「自白の誘導」といった言葉をニュースで耳にする機会が増え、警察や検察への信頼が大きく揺らいでいる。今回の法律放談はその背景にある司法制度の問題点について考える。(聞き手=北海道経済編集部)

本年夏の、いわゆる「なりすましパソコンウイルス」の事件では、パソコンからインターネットの掲示板に小学校襲撃予告を書き込んだ容疑で、横浜市の男子大学生が逮捕され、保護観察処分を受けました。秋になって真犯人と思われる人物からの犯行声明をきっかけに誤認逮捕が明らかになり、保護観察処分は取り消されました。

この大学生は逮捕された直後は犯行を否認していましたが、一転して容疑を認める上申書を提出しました。その後の主張は二転三転しましたが、地検が作成した調書では容疑を認め、「楽しそうな小学生を見て困らせてやろうと思った」と動機まで述べていました。この経緯をニュースで聞いて、「やってもいない犯罪をなぜ『自白』したのか」と疑問に感じた人もいるでしょう。

警察官、検察官が取調べ中、被疑者に向かって怒鳴る、机を蹴るといった事例は、最近では聞きません。私は「罪を認めたほうが有利になる」といった働きかけが、虚偽の自白を誘発しているように思います。前述の事件でも警察が取り調べ中、「容疑を認めれば少年院に行かなくて済む」と自白を誘導していたと報じられています。日本の法律は司法取引を認めていませんが、これは「歪んだ司法取引」とも言えるでしょう。

比較的軽い犯罪なら、逮捕された被疑者が犯行をすぐに認めれば、「反省している」とみなされ、早期の釈放や起訴猶予の可能性が大きくなります。逆に、まったく身に覚えがない犯罪でも、犯行を否定すれば、逮捕から起訴までで最長23日間身柄拘束されるかもしれません。仕事や日常生活への影響を恐れた被疑者が、罪を認めたほうが得策だと考えたとしても不思議ではありません。このような問題を防ぐには、自白の誘導が行われないよう、取調べを全面可視化するしか方法がないように思います。

さて、前述の事件のほか障害者郵便制度悪用事件、小沢一郎氏の政治資金問題などで、捜査段階での不正が明らかになり、検察の主張が覆され、無罪判決が言い渡される事態が相次ぎました。しかし、旭川地裁本庁での刑事裁判では、検察側が有能なのか、微妙な事件については起訴していないのか分かりませんが、いったん起訴されてしまうと、被告人はほぼ間違いなく有罪となる状態が現在も続いています。最後に無罪判決が出たのは平成17年、もう7年も前のことです。平成に入ってからの24年間での無罪判決も私の知るところ2件しかありません。

控訴審で覆されるような判決を言い渡す裁判官は出世できないとも言われており、刑事裁判は圧倒的に有罪判決が多いですから、地裁で無罪を言い渡し、控訴審で覆って有罪となった場合、無罪を言い渡した裁判官は、結果的に出世の道を自ら断ってしまうことにもなりかねません。このためか、刑事裁判での数少ない無罪判決は、出世に興味のない裁判官によって言い渡される傾向があるように思います。

憲法76条は「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定めています。しかし、裁判官も人の子であり、公務員としての出世の道がある以上は、「憲法及び法律にのみ」拘束されるというわけには行かず、いろいろなしがらみがあるようです。