しらかば法律事務所TOP 北海道経済 連載記事 > 第31回 実刑判決に隠された目的

北海道経済 連載記事

2012年10月号

第31回 実刑判決に隠された目的

刑事裁判の判決において言い渡される刑罰は、一般的に被告人を処罰することで、被害者の処罰感情を充足させるとともに、被告人を矯正して更生させることを目的とする。また、被告人自身の生命・身体や社会全体の秩序を維持することを目的に刑罰が言い渡されることもある。今回は、刑罰を科す様々な目的について。(聞き手=北海道経済編集部)

刑事裁判で、被告人の弁護人は無罪判決を勝ち取るために、それができなければ執行猶予付きの有罪判決を、それも無理なら少しでも刑期の短い実刑判決を得るために最善を尽くします。これに対し検察官は、被告人の犯罪を立証し、罪に見合った罰が加えられるよう、あらゆる手段を講じます。

まれなケースですが、被告人の処罰を通じて、その更生を図るという目的とは若干、異なる思惑で、実刑判決が下されることがあります。例えば心中事件です。成人の男女が互いに納得した上で自殺を図っても、そのうち一人が死亡し、もう一人が生き残れば、生き残ったほうは承諾殺人や自殺幇助の罪に問われることになります。両方が死を決意していたとすれば、有罪判決は免れないにせよ、執行猶予を付すことが相当と思われますが、実際には執行猶予が付されず、実刑判決が言い渡されるケースがあります。生き残った被告人が取り調べのなかで自殺願望を表明していたり、被告人を見守る家族がいないような場合です。実刑判決は一般的には被告人にとって不利ですが、このような状況の下での実刑判決は、むしろ刑務所で24時間監視下に置くことで被告人の自殺を防止するという意味で、被告人の利益ないしその更生にかなったものと言えるでしょう。

もう一つ、現在の制度では矯正ができず、更生が困難と考えられる被告人を社会から隔離することを目的に、長期の実刑判決や無期懲役の判決が言い渡されることがあります。例えば、未成年時に重大犯罪を犯したものの、被害者の素行も問題視され、家庭裁判所は、刑事処分相当の悪質な事案とはみなさず、検察への逆送致を行わず、少年院に送致したところ、退院・成人後に再度、重大犯罪を犯し、逮捕・起訴されたような場合です。このような場合、無期懲役の判決が言い渡された例があります。このような場合に無期懲役が妥当かどうかは意見の分かれるところですが、有期刑では出所後に、さらに重大犯罪を重ねる可能性があることを考えれば、無期懲役判決の背景に「隔離」の狙いがあったことは明らかでしょう。

最近、「隔離」を意図した判決が全国的な注目を集めました。アスペルガー症候群の40代男性が姉を殺害した事件の判決で、大阪地裁で裁判員裁判が行われ、7月30日、求刑を上回る懲役20年の実刑判決が下されて大々的に報道されました。

判決理由は「社会内で被告人のアスペルガー症候群に対応できる受け皿が何ら用意されていない」として、「被告人を許される限り長期間刑務所に収容することが社会秩序の維持にも資する」と指摘しています(大意)。この判決に対しては被告人側が控訴し、障がい者の団体や日弁連が、アスペルガー症候群に対する偏見を増長すると批判する声明を発表しました。

この裁判員裁判では、厳しい判決に込められた理由が明らかになり、社会の注目を集めたわけですが、是非はともかく、これまでも被告人を処罰して更生させるという目的とは、若干、異なる意味合いを持った実刑判決が言い渡されることもあった事実には注目する必要があるでしょう。