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北海道経済 連載記事

2012年8月号

第29回 敷金と立退料めぐるトラブル

住まいの賃貸借は、一般庶民にとっては金額が高く、契約期間も長くなるために、トラブルがいったん発生すれば深刻なものに陥りがち。今回の「法律放談」は、貸す側、借りる側にとり頭の痛い、賃貸借にまつわる問題をそれぞれ一つずつ取り上げる。

関西地方には「敷引き」という言葉があります。賃貸住宅の賃借人が退去する際、賃借人が預けておいた敷金から、賃貸人が無条件に一定額を差し引く習慣のことです。住宅事情が悪いためか、本州では一般的に敷金が道内よりも高額で、敷引きの金額も多くなる傾向にあります。

これは賃貸人が勝手に行うものではなく、入居時に結ばれた賃貸借契約には「敷引き特約」が盛り込まれていることがほとんどです。しかし、賃借人が賃貸人を相手に起こした多くの敷金返還請求訴訟では、「敷引き特約」は無効との判断が示されています。消費者にとり一方的に不利な契約を禁じた消費者契約法10条に違反しているからです。

北海道に敷引きの習慣はありませんが、契約期間の満了前に賃借人が退去した場合は敷金を返却しないとの特約が賃貸借契約に付されています。この特約の合法性が裁判で争われた前例はないようですが、敷引きが消費者契約法に抵触するなら、道内で一般的なこのような特約も同じ理由で無効となる可能性が高いと思われます。紛争を未然に防ぐためには、家賃に一定のリスクに見合う額を上乗せしておくなどの対応策が必要でしょう。

このように、敷金をめぐる問題は、現状では賃借人が不利な立場に置かれ、訴訟しない限りは救済されないことが多いのですが、これと対照的なのが立ち退き料をめぐる問題です。

借地借家法では、賃貸人が賃貸借契約の更新を拒絶したり、解約を賃借人に申し入れる場合、正当事由が必要とされており、▽その土地や建物を賃貸人が自ら必要としている▽あらかじめ契約更新をしないことで賃貸人と賃借人が合意していた等の従前の経過がある▽賃借人による住宅の使用状況が望ましくない等の事由が必要とされています。実際には、これらの事由に合わせて、立ち退き料の支払いがあって更新拒絶ないし解約申入れの正当事由が認められるるケースがほとんどです。

その相場は半年分の家賃プラス10数万円とされており、月6万円のアパートなら50万円です。これほどの立ち退き料を払ってまで退去してほしいと考える賃貸人は少なく、立ち退きをめぐる裁判では、一定額以上の立ち退き料の支払を拒絶した結果、賃貸人が敗訴するか、涙を飲んで高額な立ち退き料を支払い、賃借人にとり有利な和解をしているのが実状です。

家賃を長期間滞納していれば、話はまた別ですが、滞納分を法務局に供託してしまえば、滞納が解消されたと評価され、結局、立ち退きが認められない等、法律と司法は、立ち退きの面では、賃借人を手厚く保護しているといえます。

「半年分プラス10数万円」という相場は、礼金や敷金が高額な東京なら、転居にこれくらいの費用が必要との配慮から形成されたと考えられます。司法の世界ではとかく東京が基準になることが多いのですが、住宅事情がまったく異なる旭川に同じ基準を当てはめると、賃貸人に極めて酷な結果となります。

法律やその運用状況を考えれば、賃貸人には、いったん住まいを貸してしまえば賃借人が自発的に退去しない限り、いつまでも貸し続けることになるという覚悟が必要です。(聞き手=北海道経済編集部)