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北海道経済 連載記事

2011年10月号

第19回 司法試験合格に必要な意外な力

この数年間の司法改革で環境が大幅に変わったとはいえ、弁護士はいまも多くの若者があこがれる職業。今回の「辛口法律放談」は、司法試験合格に必要な能力について。(聞き手=北海道経済編集部)

社会的には、弁護士は「文系」の仕事と考えられています。大学の学部を文系と理系に分けるとすれば、法学部は文系に属するのでしょうし、高校でも理系のクラスの生徒が志望する代表的な職業が医師だとすれば、文系のそれは弁護士などの法曹でしょう。なかには高校時代に数学が嫌いだったために私大文系コースに進み、結果的に大学の法学部に入学した人もいるかもしれません。

しかし司法試験では、数学の問題を解くのにも似た論理的な思考能力が試されるというのが私の実感です。私が受けた旧司法試験だけでなく、現行の新司法試験制度についても同じことが言えるはずです。

司法試験に合格するために必要な能力としては、まず暗記力が連想されるでしょう。六法全書の内容を片っ端から覚えていくのが合格への近道といった印象もあるのではないでしょうか。

暗記力はたしかに重要ですが、それだけでは合格できません。仮に試験範囲の法律の条文、法律の解釈について意見が関係者の間で分かれている「論点」、「論点」についての判例をすべて勉強したうえで(ひととおり勉強するのに4000時間を要すると以前は言われていました)、司法試験に臨んだとしましょう。丸暗記して覚えた論点のうちどれかがそのまま出題されればいいのですが、実際の問題では、2つの論点の中間にあるような事象が取り上げられることがよくあります。丸暗記はしてきても、論理的に主張を積み上げる能力がなければ、このような問題には歯が立ちません。完璧に覚えた論点をそのまま問うような設問が行われれば別ですが、それは運を天に任せるようなものでしょう。

数学では、公式や解法の数は限られていても、問題の数は無限です。受験生は、これまでに覚えてきた公式や解法のうちいくつかを組み合わせて応用することで、答えを導き出します。司法試験も同じで、受験生には、法律、判例、論点についての知識の集積だけではなく、そのうちいくつかを組み合わせて推論する能力を試されます。

ここでは私が挑戦したことのある司法試験について述べましたが、公務員試験を含め、論述式のテストがある試験では、いずれも数学的な能力が問われているのかもしれません。

もうひとつ、司法試験やその後の弁護士の仕事のなかで必要なものをもう一つ挙げるとすれば、それは「体力」です。弁護士は頭も使いますが、社会で考えられている以上に体力勝負の性格が強い職業です。弁護士を目指す人は、若いころから充分に体を動かして、タフな心身を作ってほしいものです。

実は、私は毎年10月、ほかのさまざまな職業に就いている人とともに母校の高校を訪れ、1年生の生徒たちに弁護士という職業について説明しています。毎年、高校で数学を学ぶ意味合いを司法試験と結び付けて話をしてきています。そして、いろいろな難しさはありますが、「昔に比べて弁護士になることが容易になったことは間違いないので、興味があるなら目指してみては」と、今年も後輩たちに薦めてくるつもりです。(談)

私は中央大学卒ですが、当時、中大からは毎年約5000人が司法試験を受けていました(ちなみに早稲田は約3500人、東大は約1800人)。このうち現役の学生は600人程度で、残り4400人は卒業生です。新たに司法浪人になる卒業生は年間200人程度でしたから、単純計算すれば4400人が「蓄積」するまで22年。それほど長期間、司法試験に挑み続ける人が多かったということです。

もうひとつ、結果が運に左右されがちであることも問題でした。論文式試験は憲法、民法、刑法などに選択科目を合わせた6科目についてそれぞれ2問、2時間を使って答えるしくみでした。ある程度ヤマを張って準備しないと、合格レベルの答案は書けません。逆に言えば、ヤマが当たるまでは不合格が続きます。

受験生の感じる年齢的なプレッシャーは、年ごとに大きくなります。とくに女性の場合、結婚や出産のタイミングとの関係で、その傾向が強かったように思います。緊張のためか、最初のうちはパスしていた短答式試験に落ちるようになる人もいました。

これらの欠点の反面、旧司法試験を経て法曹になった人は、長い時間をかけて勉強しているので、一般的に豊富な法律知識を備えています。新司法試験は合格までの時間が短く、一部の合格者の法律知識が不十分との指摘があります。なお、新司法試験制度の下では、3回不合格すれば、再び法科大学院を修了しない限り、受験資格を失います。個人の職業選択の自由を侵害しているとの見方もあるでしょうが、社会的にみれば新制度のほうが効率は高く、不合格者にとっても他の進路に転じることを促すきっかけになるでしょう。(談)