しらかば法律事務所TOP 北海道経済 連載記事 > 第183回 いじめ問題 新たな段階に

北海道経済 連載記事

2025年6月号

第183回 いじめ問題 新たな段階に

いじめ問題は第三者委員会や再調査委員会から、今年2月の遺族による提訴で新たな段階へと移った。裁判所が、いじめと自殺との間の因果関係について、どのような判断を示すのかが注目される。 (聞き手=本誌編集部)

旭川市内の中学校に通っていた少女がいじめられ、2021年の3月、死亡しているのが発見された問題について、今年2月13日、遺族が旭川市に賠償を求める訴訟を起こしました。新聞などの報道によれば、原告は、学校や市教育委員会がわいせつ被害や自殺未遂を認識しながらいじめの認知を回避し続けた、適切な対応を取っていれば自殺は起きていなかったなどと主張し、旭川市に約1億1000万円の損害賠償を求めているとのことです。

今回のいじめ問題では、市内の弁護士も参加した当初の第三者委員会がいじめと自殺の因果関係は「不明」としていました。一方、著名な教育評論家も参加する再調査委員会では、いじめ被害が少女の自殺の「主たる原因」であった可能性が高い、いじめ被害が存在しなければ、少女の自殺は起こらなかった、と結論付けました。

裁判でも、因果関係の有無について判断されます。刑事裁判と民事裁判では求められる「正確さ」が異なり、刑事裁判では「疑わしきは被告人の利益に」が原則であり、厳格な証明が求められ、民事裁判でも「十中、八九」の確からしさで証明することが必要とされています。いじめ行為そのものに対する刑事裁判は提起されていないので、厳格な証明はできない事例なのでしょう。

今後の訴訟手続きのなかで被告の旭川市がどう対応するのかは不明ですが、仮に事実関係(いじめ行為、適切な対応を取らなかったこと)・自殺との間の因果関係が争われることになれば、いじめの当事者や市教委関係者・教育現場の教師たちに証言を求めることになります。裁判所はいじめの当事者や現場の教師の言い分を考慮して、改めて事実関係・十中、八九の因果関係について判断をすることになるでしょう。

一方、再調査委員会の設置から現在に至る経緯からすると、旭川市が再調査委員会の調査結果を尊重し、事実関係・因果関係を争わない可能性もあります。ただし、無条件に損害賠償に応じるとは思えず、損害賠償金額については争うだろうと思います。旭川市が損害賠償金を支出する場合の原資は税金などの公金ですから、市議会による議決が必要で、市議の中には無条件の支出には反対する人もいると考えられるからです。

今回の訴訟で訴えられたのは旭川市だけで、市教委関係者や学校関係者は、訴えられていません。国家賠償法第1条第1項で「公務員が職務上、故意または過失により違法に他人に損害を与えた時には国又は公共団体には賠償の責任がある」と定めていますが、この規定は公務員の個人責任は直接請求できないと解釈されているからです。

しかしながら、第2項で「公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する」と定めており、学校関係者は、遺族と旭川市の間の訴訟が終結した後で、賠償金の一部を負担するよう旭川市から求められる可能性があります。旭川市が求めなくても市民が住民訴訟を提起して求償権行使を求めることも考えられます。学校関係者と旭川市とでは事実関係の認識も異なるでしょうから、結局、事実関係・因果関係についても争いが蒸し返される可能性もあります。

いじめ問題に関する提訴について、旭川市の対応と裁判所の判断に注目しています。