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北海道経済 連載記事

2024年9月号

第174回 出張の苦労と楽しみ

一般的に弁護士は出張の多い「稼業」。裁判所がある街、依頼人や関係者の住んでいる街、会議・大会・シンポジウムの開催される街へと出向く。北海道に本拠を置く弁護士にとって出張の負担は大きいが、楽しみでもあり、気分転換になるという。(聞き手=本誌編集部)

訴えを提起するとき、日本全国の裁判所のうち気に入った裁判所を任意に選べるわけではなく、「管轄」のある裁判所に提訴しなければなりません。もっぱら原告ないし被告の住所地を管轄する裁判所に提訴し、訴訟手続が進められます。裁判所で行われる紛争当事者間の話し合いを調停といい、調停を申し立てると相手方の住所地を管轄する裁判所で調停手続が行われます。私が受任した事件の裁判や調停の多くは旭川地家裁で行われますが、紛争の起きた場所や依頼人や相手方の所在地まで出張しなければならないこともあります。

また、弁護士連合会が開催する各種委員会、総会、日本各地で開催される大会、シンポジウム(医師会の学会みたいなもの)といった行事に参加する機会もあります。弁護士は、遠くまで出張する機会が多い仕事といえるでしょう。

旭川弁護士会管内(上川・留萌・北空知・宗谷・紋別)での出張は、公共交通機関が少ないので自分で車を運転していくことが多いですが、それ以外の地域への出張はJRや飛行機を利用します。時間こそかかりますが、移動中には依頼されたコラムの執筆など秘密を保持する必要のない仕事をこなし、宿泊先では裁判所に提出する書類などを作成します。相手方提出書面など、必要なものは電子データ化して持参します。

事務所内でパソコンに向かって唸っているより、移動中や宿泊先での作業の方が、気分転換ができて、新しいアイディアが浮かびます。また、出先で飲食中などにふと目にしたテレビ番組、ニュースから自分の担当事件の解決のヒントとなる情報を得ることもあります。

宿泊先にホテルの和室や和風旅館を選ぶこともあります。畳の上のふとんのほうがベッドよりも眠れますし、真新しいビジネスホテルの狭い部屋よりも、和室のほうが落ち着きます。コロナ禍の前はこれが「マイブーム」でした。とくに古い歴史を持つまちには、味わい深い和風旅館が残っていることもあります。印象に残っているのは、かつて北前船の寄港地として栄えた山形県酒田市の旅館です。

下町風情を残す東京の「谷千根」エリアで和風旅館を利用したこともあります。昭和初期に建てられた和風の民家を改装した中華料理店に併設された宿で、わずか3室ですが、趣きの豊かなたたずまいで、朝食の中華粥も魅力でした。

訪れた先で居酒屋を訪ね、その土地ならではの料理や酒を楽しむことも好きなので、わざと出張目的地から離れて泊まることもあり、水戸市、松山市、米子市、はたまた八丈島に泊まったことがあります。

ところが、コロナ禍のために、裁判や調停では出廷せずに電話やネットを使う機会が増えました。移動の手間を省き、司法制度の効率化に役立つこうしたしくみが定着したことから、コロナがほぼ落ち着いた今も、出張の機会は以前よりも激減しています。

出張は、時間・交通費の割りに合わないことが多いですが、事務所に張り付いていては味わえない楽しみや、仕事がはかどることもあるため、できる限り便利なリモートを選ばず、各地に足を運び、料理、酒、旅館を楽しみながら、弁護士を続けたいと考えています。