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北海道経済 連載記事

2020年5月号

第122回 立場変われば主張も変わる

主張がコロコロと変わる人は信用されないものだが、弁護士の場合は、依頼者の代弁者なので、依頼者の利益を最大化することが重要で、その結果、依頼者が異なる別の事件では真逆の主張をすることがあるという。(聞き手=本誌編集部)

先日、弁護士から政界入りした人物が新型コロナウイルスに関して、「10〜40歳の元気な人は普通のカゼのような感じで『家で寝とけ』って政府がバシッと言えばいい」と発言する一方、後日「なんとなくダルさを感じる」から「指定病院で診察を受ける」と語って批判を集めていました。

弁護士の法廷での主張について、二枚舌だと感じる人がいるかも知れません。 弁護士は依頼者(刑事裁判の被告人や民事裁判の原告ないし被告)の代弁者であり、依頼者は事件(裁判)ごとに異なるので、別件での主張と180度異なることを本件で主張しても問題はありません。むしろ、自分のポリシーに沿わないとして依頼者の意向に沿わない主張をすることの方が大問題です。

たとえば、ある事件の裁判で私がAという主張をして、相手側の弁護士がBという反論をした後、これと異なる事件の裁判で、私がBという主張をすることもあります。弁護士は依頼者の代弁者なので、依頼者の利益・意向に沿わなければならないからです。自分のポリシーに反する主張をしたくなければ、その人から事件の依頼を受けなければ良いだけです。依頼を受けていながら「別件裁判ではAだと主張したので、本件裁判でBだと主張するわけにはいかない」などと遠慮すれば、むしろその方が職務怠慢であり、本件依頼者に対する背信行為となります。

実際、弁護士が事件(裁判)によって、真逆の主張をすることはよくあります。ある裁判では離婚を求めている側の代理人となり、別の裁判では離婚を求められている側の代理人になるといった具合です。ある時には交通事故の被害者側に、ある時は加害者側につくこともあります。立場が変われば主張も変わります。

また、法曹三者(裁判官、検察官、弁護士)はそれぞれ担うべき職務が異なるので、裁判でどのような主張をするか、どのような事実認定をするか、それぞれ正解が違います。それを象徴的に示すのが、司法研修所の卒業試験であり、合格すれば法曹資格を与えられる「第二回試験」です。この試験は、司法修習生が法曹三者それぞれの立場で裁判書面を作成する試験ですが、立場をわきまえて作成しないと内容が合理的であっても不合格になります。刑事弁護における弁護士の主張書面(弁論要旨といいます。)では、被告人の言い分に沿った内容にしなければなりません。被告人の言い分がどんなに不合理なものであっても、屁理屈をこねて合理的なものと主張しなければならないのです。これができずに、刑事弁護の主張書面で、刑事裁判の判決ような「被告人の主張は不合理で採用できない」的な主張をしてしまうと、不合格となります。

他方で刑事裁判の判決起案で、被告人の言い分に全面的に与した事実認定をすると、不合理な事実認定をしたとして、不合格になることもあります。一科目でも不合格になると、翌年、第二回試験を受け直さなければならないので、少なくとも法曹になるのが1年遅れます。裁判官の目線で刑事弁護の主張書面を作成すると、被告人の不合理な言い分を合理的なものとして採用できず、刑事弁護の主張書面としては不合格となり、優秀な人が第二回試験で思わぬ失敗を犯すことがあります。