しらかば法律事務所TOP 北海道経済 連載記事 > 第117回 交渉への弁護士の参加

北海道経済 連載記事

2019年12月号

第117回 交渉への弁護士の参加

弁護士の活躍する場は法廷だけではない。談判の席上に弁護士が同席したり、さまざまな名目で弁護士が「代理人」として文書を送ることもある。今回の法律放談はさまざまな交渉事に弁護士が参加する効果に注目する。(聞き手=本誌編集部)

弁護士にとっては、紛争当事者の代理人として法廷に立つのが典型的な仕事ですが、訴訟外の交交渉事の依頼を受けることもあります。例えば「取引相手が代金を払ってくれない。支払いを求める内容証明を弁護士名で送ってほしい」「妻が(または夫が)不倫している。相手から慰謝料を取りたい。これから直談判に行くので同行してほしい」といった要望がこれに当たります。

こうした依頼にどう対応するのか、個々の弁護士によって判断は異なるでしょうが、私の場合は、いきなり弁護士を介入させずに「まずは自分の名前で交渉してみた方が良い」とアドバイスすることの方が多いです。弁護士が介入すると相手方が身構えて、些細な技術的問題を巡っても対立するようになり、問題を解決することがさらに難しくなることがあるためです。内容証明の書き方を教えることもありますが、弁護士名義は表示せず、当事者本人名義のみで差し出します。

こうした依頼をする人は、弁護士が交渉に同席したり、弁護士の名前で内容証明を出した方が、獲得できるお金が増えるなど、交渉で有利になると考えているのかもしれません。状況によって、どれだけのお金を獲得できるのか、つまり「相場」は、類似の状況で行われた過去の裁判例でほぼ決まっているので、弁護士に依頼したことで「相場」を超えたお金を獲得できることにはなりません。

一般の人にこうした「相場」はわかりません。過大な要求を突きつけて恐喝だと切り返されたり、逆に相手に譲歩しすぎるのを防ぐためには、相場を知る弁護士への事前相談には意味があります。

実際には、裁判を起こして相場の金額で決着がついたとしても、裁判費用・弁護士費用がかかりますから、判決で認められるであろう金額マイナス諸費用が、示談交渉における合理的な金額となります。それで合意できなければ、改めて弁護士を介入させることを検討すれば足りると思います。

なお、交渉に私が同席する場合、一般論を述べるだけなら法律相談の料金、本格的に交渉を請け負うなら示談交渉の料金を申し受けることになります。

かつて、弁護士が交渉に同席すれば、実質的には何も仕事をしないとしても、極論すれば、そこにいるだけで一定の心理的な効果があったように思います。司法改革以前は弁護士の数が少なく、弁護士と対面するのは初めてという人も数多くいたので、弁護士がそばにいればそれなりの「威厳」があったのでしょう。弁護士が増え、弁護士会には世間とは逆の若年化傾向があり、依頼者の方がずっと年上であることが多いので、そのような効果もあまり期待できなくなりました。

こうした交渉段階の弁護士業務の比率は次第に高まっています。弁護士の数が増えて訴訟の数が減っているのですから、弁護士が訴訟にまだ至っていない段階から交渉に関わるのは当然の帰結です。司法制度改革の目的の一つは国民への十分な司法サービスの提供でしたから、交渉への弁護士の積極的な参加で、この目的はある程度達成されたと言えるでしょう。