北海道経済 連載記事
2019年8月号
第113回 10周年迎えた裁判員制度の問題点
裁判員制度の開始から、今年5月21日で丸10年が経過した。日頃の業務の中でこの制度と関わる機会も多い小林史人弁護士は、この制度についての疑問がさらに深まっていると語る。(聞き手=本誌編集部)
そもそも裁判員制度導入の目的は「司法の民主化」「国民の司法参加」でした。日本の裁判制度は高度な知識 を持つプロの裁判官が担ってきましたが、議員や地方 自治体の首長が選挙で選ばれるように、刑事裁判にも国民の声を反映するのが必要だと政府や日弁連が主張した結果、この制度が導入されたわけです。
裁判員制度では、3人の裁判官と6人の裁判員が協力して証拠調べ、有罪か無罪かの判断、有罪の場合には量刑の決定を行います。裁判員は、地方裁判所が作成する「裁判員候補者名簿」に掲載された人から抽選で選ばれます。事実に争いがない事件の場合、月曜日の午前中に候補者が裁判所に呼び出され、その中から裁判員が選任され、同日午後、火曜日、水曜日に審理を行い、木曜日に裁判官と裁判員が評議、金曜日に判決が言い渡されるというスケジュールとなることが多いです。
事件の審理には、一般常識だけでなく、専門知識が必要とされることもあります。たとえば、被告人の精神状態が犯行に影響を及ぼしている事件の裁判では、精神医学の専門知識が必要です。そうした専門知識に触れる機会のなかった人が、抽選で突然、被告人の運命を大きく左右する裁判の審理に加わり、初めて聞く難解な用語を理解しようと努めることになります。
裁判員裁判では、検察官も弁護人も専門用語を裁判員に対してわかりやすく説明することを心がけます。しかし、たとえ話などを使って定義から離れた説明をすると、異議が唱えられることもあります。事件によって程度の差はありますが、裁判員は長時間、難しい話を聞き続けることになります。集中力を保つのは難しいはずであり、医学と法学の両方について抽象的な概念を理解して判断できるのか、疑問に感じることもあります。また、裁判員の時間的な負担を軽減するため、大半の裁判員裁判では審理時間を削る運用がなされており、時間をかけて丁寧に説明する余裕もありません。
裁判員制度は対象が殺人罪、強盗致死傷罪などの重大犯罪に限られており、窃盗、詐欺といった比較的軽微な犯罪の裁判はこれまで通りプロの裁判官に任されています。司法に国民を参加させるなら、まずは、知識的・精神的・時間的にも負担が小さく、万一誤審があっても害が比較的小さい軽微な犯罪を対象とするべきだと思います。
裁判員制度は刑事事件だけが対象ですが、民事や家事事件についても別の形で国民参加の制度があります。 民事訴訟において専門的な知識や経験に基づく説明などをして裁判官の知識や経験を補う「専門委員」、家庭裁判所で行われる名前の変更、未成年者の養子縁組などに関する裁判に立ち会ったり、裁判官に意見を述 べたりする「参与員」がその例です。もっとも、裁判員のように抽選で選ばれるものではなく、該当分野の専門知識がある人が選定されています。
対象となる人の運命を大きく左右するという意味でも、高度な専門知識を必要とする意味でも、刑事裁判は社会的に病んだ人に対する治療や手術のようなものです。医者が行う治療や手術に素人も参加するべきとは誰も言わないのに、裁判にはなぜ素人が参加するべきなのか。10年の節目に再考する必要があるのではないでしょうか。