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北海道経済 連載記事

2019年7月号

第112回 強制不妊訴訟 焦点は「除斥期間」

「時効」はよく知られた概念だが、これと類似した概念が「除斥期間」。今回の法律放談は、強制不妊手術をめぐる裁判で主要な争点となった除斥期間に注目する。(聞き手=本誌編集部)

旧優生保護法の下で不妊手術を強制された女性2人が国を相手に合計7150万円の損害賠償を求めていた裁判で、仙台地裁は5月28日に、原告の主張を退ける判決を言い渡しました。原告側は控訴しています。原告側が敗訴したのは、不妊手術が行われてから、民法724条の定める不法行為の「除斥期間」である20年が経過していたためです。

もっとも、この判決では、旧優生保護法そのものと、同法に沿って行われた不妊手術が、幸福追求権を定めた憲法13条に違反しているとも判断しました。これは原告側の主張に配慮したものと言えるでしょう。アメリカの判例で形成された「憲法判断回避ルール」(事件の解決に必要がなければ憲法判断しない)が存在し、日本の司法制度もこれにならって運用されています。このルールに従うなら、端的に除籍期間の経過だけを示せば足り、憲法違反だと判断する必要はなかったのに、あえて明確に憲法違反との判断を示したわけです。

除斥期間とは、一定の歳月が過ぎると権利が消滅する制度のことです。時効と似ていますが、時効期間は一定の条件の下で中断・停止するのに対し、除斥期間は基本的に中断も停止もしません。また不法行為の時効期間の起算点が、被害者が損害を知った時からであるのに対し、除斥期間の起算点は、不法行為の時からという点でも異なります。

国会では今年4月、旧法の違憲性を棚上げにしたまま強制的な不妊手術を受けた人に国が一時金として320万円を支払うことを定めた救済法が成立しています。判決理由には書かれていませんが、原告敗訴には、こうした救済制度が存在していることも影響したと考えられます。

なお、国民の健康をめぐる過去の政策について国の責任が問われた裁判としては、予防接種で感染・発病した人のB型肝炎訴訟があります。感染が発生したのは除斥期間の20年よりも昔のことですが、国がすでに責任を認め、救済法を定めていたために除斥期間が争点になることはありませんでした。

旧優生保護法の下での強制的な不妊手術については、道内を含め全国の7地裁で合計20人が提訴しており、個別に裁判が行われています。憲法は、すべての裁判官は独立して職権を行使すると定めていますが、仙台地裁の判決が他の地域で続く裁判の結果に影響を及ぼすのは避けられません。

国の主張を退ける判決を言い渡すのは多くの場合、定年間近の裁判官や、出世にこだわらず左遷も恐れないタイプの裁判官です。こうした裁判の控訴審を担当する高裁には上司の意向に忠実に従うエリート裁判官が送り込まれ、国の主張を認める判決を言い渡す傾向にあります。東日本大震災の後、原発の運転差し止めを命じる仮処分命令や判決が言い渡されたことはありますが、いずれもその後の裁判や上級審では国の主張通り運転再開が認められました。旧優生保護法に関する仙台地裁判決の控訴審においても控訴人側(一審原告側)にとって厳しい判断となることが予想されます。