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北海道経済 連載記事

2018年7月号

第100回 裁判員裁判の欠点が鮮明に

導入されてから9年が経過した裁判員裁判。国民の目線に立った裁判を目指したしくみだが、広く国民に支持されているとは言い難い。今回は弁護士から見たこの制度の問題点を取り上げる。(聞き手=本誌編集部)

昨年1年間の裁判員裁判の被告人の人数は1122人に達します。殺人、強盗殺人、放火など凶悪犯罪に対象が限定されていますが、毎年多くの被告人がこの制度の下で裁かれています。

最近、裁判員制度をめぐり、裁判員候補者の無断欠席や辞退が増えているとのニュースがありました。裁判員候補者名簿から抽選で選ばれた人に通知が届き、裁判に先立って行われる裁判員選任手続で辞退が認められた者、弁護人や検察官が選任を希望しない者を除いて、抽選で裁判員を決定します。裁判員候補者に選出されながら、選任手続に無断欠席した人の比率は、今年1~3月末には36・4%だったとのことです。家事や仕事を理由に辞退した人の比率は同じ期間に69・6%に達しました。

欠席者・辞退者が増えている理由は、初公判から判決までに平均10日以上と日数がかかり、裁判員の負担が大きいことも一因です。このため裁判所は、裁判員の負担軽減のため、証拠を簡略化して、審理の時間を減らし、裁判の迅速化を図ろうとします。実際に裁判員裁判に関わった経験から、私は、こうした形での裁判員の負担軽減により、公正な裁判は後退していると感じています。

例えば、裁判員の参加しない裁判のように証拠を一つ一つ吟味していては膨大な時間がかかってしまうため、検察官が複数の証拠書類をまとめて「統合証拠」を作成します。内心、弁護人としては統合前の証拠を精査して欲しいところですが、裁判員の負担軽減の「錦の御旗」を振りかざされると統合に同意せざるを得ません。しかし、要点だけを抽出した統合証拠の審理では、被告人の人権保障は後退することはあっても前進することはありません。

また、裁判員裁判には、量刑がアバウトになりがちという問題もあります。この犯罪でこういう状況なら懲役何年という「量刑相場」が存在するのですが、裁判員裁判で決定される量刑は庶民感情を反映して以前の量刑相場よりも重くなる傾向があると思います。相場より重い刑罰を科された被告人は不公平感がつのるでしょう。

さら、法律を本格的に学んだことがない裁判員に、「正当防衛」や「中止犯」等、その成否の判断に専門的知識が必要とされる概念について、果たして判断することが可能なのかという根本的な疑問があります。「中止犯」とは自己の意思により犯罪行為を中止したものを指し、必ず、刑が軽減されるか、免除されます。「正当防衛」が成立すれば犯罪が成立せず、罰せられません。しかし、「中止犯」も「正当防衛」も、その成立要件の解釈は専門的で、解釈を巡り学問上の争いもあります。「中止犯」や「正当防衛」の成立要件が日常生活で問題となることは皆無であり、裁判員裁判当日に初めて聞く解釈論を、裁判員が、理解して、正しい判断をすることは困難でしょう。

裁判員裁判は、従前の刑事裁判より起訴から判決まで時間がかかり、当然、従前よりも、多くの国家予算が投入されます。裁判官も検察官も弁護士も普段と違う準備と手続を強いられ、被告人の人権保障は後退か、良くて現状維持、加えて国民の裁判員離れが進んでいるとすると、裁判員制度を快く思っている人は誰もおらず、もはや裁判員制度を継続する理由は、何もないと思います。