ン广・・・・ヤマイダレ
藤井昌浩著 講談社刊「脳梗塞になってしまった」より
とある脳梗塞患者の場合
第1章・予兆( 〜かくれ脳梗塞でしょ〜 ) 今日はペンのすべりが良い。 きゅっ、しゅっ、とペン先が音をたてて紙の上を踊るようだ。 ペン先には紙のクズがたまる。それがインクを含むと、線が変わってしまう。1ページ描く間に何度もクズを取る。 ぴきっ、刺すような頭痛がきた。一瞬ペンが止まった。 線を引き続けようとするが、ペンが動かない。ぽたっ、インクが紙に落ちて大きな跡を作った。 うぐぐ、とうめいて、ようやく手が動いた。紙からペンを離し、修正するか書き直すか、判断しなければならない。 あきらめて、書き直す事にした。ペンを置いて、新しい原稿用紙を出す。 また、鉛筆の下書きから始めた。 「また、やり直し? 今日は絶好調ね」 「まあね」 妻が言った。隣の机で原稿の仕上げをしてもらっている。アシスタント兼任の愛妻だ。 漫画家、藤井昌浩、40代にしてメタボ体型の彼に危機が迫っていた。 彼の頭の中で、小さな血管がちぎれ、周辺の脳細胞が壊死しようとしている。これまでの表面的な症状は、周期的な頭痛。だが、その死んだ細胞が一定数を超えた時、彼は恐ろしい体験をする事になる。 ピロピロピロ、電話が鳴った。 「はい、藤井です」 「編集の五十嵐です。実はですね・・・・なので・・・・・が・・・・・でして・・・・」 「えっ? もしもし、五十嵐さん?」 「ですか・・・・か・・・・・で・・・・すみませ・・・・・」 耳が悪くなったかと思ったが、声は確かに聞こえている。けれど、何を言っているのか、まるで聞き取りできない。 「もしもし、五十嵐さん・・・・ささっ・・・・た・・・べべっ」 問いかけようとして、口が回らなくなった。 「あ・・・・は・・・・は・・・・・はぁ・・・・・」 舌が動かない、喉が動かない。声は出るが、言葉にならない。 唇が閉じない。唾があふれ、口から流れ落ちた。 プープー、電話が切れた。受話器を置いた。 となりにいる妻を見た。怪訝な顔だ。その口が動いて、声が聞こえた。でも、何を言っているのか分からない。 口で言えないので、書いて伝えよう。鉛筆を持とうとして、右手の指先に電気が走った。痛みで取り落とした。 ころがった鉛筆を取ろうとしたが、指先に力が入らない。右手がだめなら左手、と左で鉛筆を取った。 鉛筆で、丸を描いた。字を書こうとしたのだが、字が頭に浮かばない。いろはの「い」は、どう書くのか、わからない。 字を思い出そうと、本を手に取る。ページをめくると、字がわからない。何か書いてあるのは見えるのだが、文字なのか記号なのか、まるで判別がつかない。 この症状は言語障害。 症状の1、相手の声は聞こえるが、意味のある言葉として聞き取れない。 症状の2、頭にある言葉を声にして話す事ができない。 この二つは、時に聴覚障害と間違われる。 症状の3、頭にある言葉を、文字として表現できなくなる。 症状の4、文章を見ても、文字を文字として認識できない。 こちら二つの症状は、知的障害と混同されやすい。 これらの症状のいくつかと、手足など右半身にしびれや麻痺が同時に現れた場合、脳の左側で重大な障害が起きた可能性がある。 藤井は立ち上がろうとした。 右足がおかしい。ひざから下に力が入らない。体を支えようとすると、右手が机をつかめない。 左足だけで体をささえ、左手でイスを回した。すぐそこにソファーがある。いつも仮眠に使っている。 腰がイスから浮いた。倒れるように、ソファーに寝転んだ。 妻が立ち上がり、声をかけてきた。 「で・・・・ね・・・・・え・・・・・よ・・・・・」 声は聞こえるのに、意味がわからない。 「べべっ・・・・すお・・・・・でっは・・・・・」 藤井は答えようとした。声は出る。でも、言葉にならない。 「た・・・・何の電話だったの? もう、こんな事もあろうかと、録音設定が役に立つのよね」 妻の言葉がわかるようになった。 「編集の五十嵐です。実はですね、お願いしてたカラーページですが、広告の割り込みができたので、次回にします。お手数かけて、すみません。近いうちに、差し入れ持ってうかがいます。えっ? 大丈夫す、この次には、きっと・・・・・プツッ」 さっきの電話の録音だ。ちゃんと聞き取れた。 「カラーページが無くなって、ショックだったの? よくある事でしょ」 「そそ・・・・そうじゃなくて」 突然に、自分の口から言葉が出た。 右手を動かすと、指先まで一本づつ動かせた。足をのばして、足首を回す。すべて元にもどった。 体を立てて、ソファーに座りなおした。さっきは何だったのか、不思議な半身麻痺だった。 脳血栓による一過性の脳虚血の場合、血栓が外れて血流が回復すれば、障害は消える。 小さな脳梗塞の場合、死んだ細胞の周辺で新たな脳細胞のネットワークが構築されれば、障害は無くなる。無くなるはず、である・・・・・ 藤井は机に向かって座り直した。 お狐様の降臨か、ソクラテスが語るダイモンか、あれこれ考えながら鉛筆を取った。 あいうえお、と書いてみた。ちゃんと書けた。 辞書を開いてみた。ゴジラ、ゴリラとクジラをかけて作った架空の生物の名前、と普通に読めた。 「いつか、マンガにしてやる」 漫画家の業だ。自身のあらゆる体験がマンガのネタになるのだ。 ・・・・・数ヶ月後・・・・・ 妻の手がカーテンを開けた。部屋に朝日があふれて目がくらんだ。 光が外にもれる薄手のカーテンは近所迷惑と、遮光カーテンをしているから、よけいに開けた時がまぶしい。 藤井昌浩は漫画家になって二十年、自作がTVアニメになった事もあった。家は、その時の収入による。 妻の紀久子を、いつも「オクサン」と呼んでいるが、彼女が漫画家だった頃のペンネームだ。今は、藤井のアシスタントも勤める職業婦人。 「なにも、徹夜しなくたって、さあ。締め切りは先でしょ」 「のってる時に描かなくて、いつ描くんだ」 紀久子は台所へ行く。朝ご飯の準備だ。 ふう、藤井はため息をついた。若い頃は、この朝飯前が一番はかどる時間帯だった。最近、肩と首が苦しい。筋肉痛が続いていた。 「おはよー」 娘の留美子が台所で弁当を作っていた。女らしからぬドカ弁を作っては、いつも学校へ持って行く。 「よく食うね。最近マンガを描いてないみたいだけど、やめたの?」 「あきらめました。あたしに、そっちの才はありません。将来有望な漫画家のタマゴを見つけて、アシスタント兼任の奥さんが目標よ。ほほっ」 そそくさとトーストをほおばり、留美子は出かけて行った。 「もしかして、もう男を見つけたのかな」 「あの弁当が、あやしい感じね」 娘の将来を案じる父と母であった。 むむむ、藤井は顔の左をおさえた。しびれ、と言うか・・・・痛みにも似た感覚。 「また、虫歯?」 紀久子が顔をのぞいた。漫画家は歯を食いしばって画を描くので、しょっちゅう歯と歯茎を病む。 「かも、しれない。でも、どの歯が痛いのか、よくわからないなあ」 「それじゃ、歯医者さんにいけないね」 「もう少し、待ってみるさ」 藤井は洗面台に向かった。もう一度、歯を磨く。 ピロロロ、電話が鳴った。取った紀久子の顔がけわしくなる。 「けもさんから、応援を求められました。行ってきます」 「はい、行ってらっしゃい」 けもさん、とは通称。ペンーネームが「ビル・けも子」なので、けもさんと呼ぶのだ。 ビル・けも子は、紀久子が漫画家を目指していた頃の同僚だ。隣町に住んでいるので、仕事が遅れた時には、たいていヘルプと声がかかる。 一人分の昼飯と晩飯を簡単に作り置く。今日中に仕事を終えて帰ってこれるか、行ってみなければわからない。 サンダーバード2号と呼んでいる車を駆り、紀久子は出て行った。藤井は自動車免許が無い。仕事の合間に、妻は免許を取っていた。 時々、うらやましくもあるれりど、仕事に使うものでもない。ほっておいたら四十を過ぎていた。 一人きりになり、家は静かになった。 また、ズーンと顔の左にしびれが来た。しかし、すぐ去った。 カゴにブロックチョコを山盛り、ポットでコーヒーを取り、再び机に向かった。 日が傾いてきた。 紀久子は向こうで徹夜になるらしい。久しぶりに静かな家で、仕事は順調過ぎるほど進んでいた。 「ただいまー」 静けさを破ったのは、娘の声だった。 ガタゴト、玄関で音がする。何か大荷物を運んできた様子。 「おじゃまします」 今度は男の声がした。 藤井はギクリとしてペンを置いた。 変な音がするのも当然、現れたのは車いすの少年だった。娘、留美子の同級生らしい。 「山本くんよ。前に原稿を見てもらった、あの彼よ」 「これ、新作です」 「あ、そう。まあ、よろしく」 チョコを取ろうとしたが、すでにカゴは空だ。山本から原稿を渡され、しぶしぶ藤井は見ることになった。 むむ、絶句。 下手くそで、将来性無しが確実の原稿ならば、あいそ笑いのひとつもするところ。しかし、将来の商売敵ともなるかもしれない原稿に、へたな言葉は出せない。 「キャラは跳んだり転んだり、にぎやかだから、描いてるのはスポーツなやつと思ってた」 「願望が入ってます」 「願望の投影ね。それは、とても大事だ」 藤井は原稿を返した。 ふん、鼻息をひとつ。若造に負けてなるか、と気合いを入れ直す。 つるっ、イスのキャスターがすべった。 どかーん、と藤井は床に尻餅。こっちのイスも車輪付きなのを失念していた。 キーン、耳鳴りと一緒に頭痛がきた。左の後頭部だ。首をねじったのだろうか。 心配する二人を制して、藤井はトイレへ行った。 ゲロロ、少し吐いた。便器に酸っぱい匂いが満ちる。 よろけながら、洗面台に行く。うがいをして、顔を洗った。 夜には早いはずなのに、暗い。あたりを見回してみると、暗いのは視界の左側だ。 「目が見えない。目が、左目がつぶれた!」 よろける足取りで、二人のところへもどる。 「おとうさん!」 「目が・・・・目が、左目が」 娘は冷静に手をかざし、人差し指で父の左まぶたに触れた。ゆっくり持ち上げる。 「あ、見える」 指を離すと、まぶたが落ちて、また目が閉じた。 「あれれ、見えないよ」 また指でまぶたを持ち上げた。離すと、落ちてしまう。 「どうなってんだ?」 藤井は留美子の手をはらい、手鏡を見た。左目が閉じている顔を確認して、見えないはずと納得した。唇の左側が脱力して下がっていたのだが、そちらに注意は向かなかった。 「ま、いいか。痛みは無いし、そのうち直るだろう」 車いすの山本が、じっと見ている。 「目が開かないというのは、顔面神経の異常ですね。左側だけ、というのがおもしろいな。いつか、マンガに描いてみよう」 「それは、こっちのセリフだ」 しばらくすると、まぶたは普通に開くようになり、視界が広がった。 ・・・・・・数日後・・・・・・ あれから、すっかりペースが落ちて、仕上がりは締め切りギリギリになってしまった。 ホワイトを入れ、スクリーントーンを貼り、原稿を持ち上げて、全体を見た。首をかしげ、あるいは回して、見る角度を変えて、バランスを見る。 「よしっ!」 藤井は原稿を紀久子に渡した。 原稿を郵送する特別にぶ篤い封筒に入れる。最後に、またページを数えて、封をした。 「ちょうどお昼になるし、外でご飯しましょ」 妻にさそわれ、藤井は車の助手席にすわった。ハンドルをにぎる免許を持っているのは、妻である。 空港で発送の手続きをして、食堂に入った。久しぶりに見る外食のメニューは、外国語の羅列にも見えて、意味を読み取るのに苦労する。訳がわからん、サジを投げた。結局、紀久子に選んでもらった。 食後、展望デッキに出て、旅客機の離陸を見送った。 「どうしたの? なんか、変よ」 「そうかい」 妻に見透かされている。 「飛行機を見るのは好きなはずなのに、顔が明後日向いてる。それとも、右目だけで見てるの?」 「うん、実は・・・・ちょっと左目が、ね」 「左目が、かすむの?」 「いや、左目のね、下側半分が黒く見えて・・・・じゃなく、見えなくなってる。いやいや、暗くなってる、と言うべきかな」 「それって、半分失明してるんじゃ」 「大げさな。痛みも無いし、そのうち直るだろ」 「とにかく、病院よ!」 妻に手を引かれ、藤井はクルマに乗った。強く引っ張られて、肩が痛くなった。 「何日前から、そうなったの?」 「3日くらい前から、かな」 「じゃ、お昼ごはんの後ね。あの時から、しぐさが変だった!」 空港から街へ向かうクルマの中、紀久子はしゃべり続けた。こういう時、女の口は止まらなくなるのか。口にサイドブレーキが欲しかった。 「急に手が遅くなって、変だと思ったのよ。仕事してても、音楽を聴く犬みたいに、首をかしげちゃって、さあ」 「あっ!」 「どうしたの?」 「見える。直った」 それは、本当に突然だった。 左下の視界から黒いものが消えて、視野は普通に左右対称になった。 「直ったよ。じゃ、家に帰れるね」 「だめよ! 病院で検査してもらいましょ」 藤井の願いは却下され、クルマは街へと走った。 眼科医に着く。 目に麻酔薬をうたれ、眼球の網膜を検査する機会に頭部を入れさせられた。 もしも、この病院が世界征服をたくらむ悪の秘密結社の末端であれば、ここぞと脳改造を施してしまうシーン。機械が外れたら、直立不動で右手をかざし、イーッと叫んでしまいそうだ。 「105から155、血圧が高いですねえ。何か、運動の後でもないのでしょ?」 医者がのんびりと言った。患者を興奮させないよう、静かに話すのが彼らの流儀だ。 「まあ、この体型なので」 ポンと丸く出た腹をたたいて、藤井は苦笑いを作った。 医者はうーむと首をひねり、写真を示した。さっきの機械で撮ったものだ。 「網膜剥離は無し。眼底出血もありません、少し充血があるだけです。緑内障も大丈夫ですね」 自分の目の中の写真を見せられて、ただ、はあと頷く。 「見えない症状があるうちに来てくれたら、もう少し何かあったのかもしれません」 何もない、それだけは分かった。 「目の周辺で、痛みを感じる。そんな事は、ありませんか?」 「目の奥のほうで、時々ズーンとくる事が。あと、目の上の、額とか。目の間とか、両側の・・・・」 思いつくまま、仕事中にくる痛みを言った。 「人間は、一日に何回まばたきすると思いますか? その度に筋肉は使われています。実は、目の周囲の筋肉を最も酷使するのは、まぶたを開けっ放しにして、一点を凝視する事なんです。目とまぶたが筋肉痛を起こします」 「目が筋肉痛ですか!」 「上まぶたでは、眉の上の額に、まぶたを吊る筋肉があります。下まぶたでは、眉間とこめかみです。眼球の奥には、それを支える筋肉があります。これらが疲れてしまうと、目の焦点が合わなくなったり、目の表面が乾くドライアイになったり・・・・・色んな事が起きます。まずは、目を休めてください。眠るのではなく、目を閉じて、筋肉に休息を与えるのです」 「目にも、休憩が必要ですか」 年とったな・・・・・藤井は納得した。 これまで、休憩と言えば、ペンを持つ右手へのものだった。イスに座るから、腰を休める事にも気を配った。これからは、目にも休みを与えなければならない。 「ただ、もっと別の原因も考えられます。脳外科の診察を希望されるなら、紹介状を書きましょう」 「脳、ですか?」 「眼球の異常ではなく、目からの信号を受け取る脳の側に異常があっても、やはり失明は起こります」 「脳で、見えない?」 「動脈瘤ができて視神経を圧迫していたり、血栓が視神経近くの動脈を塞いで血流をとめていたり、そんな事がありえます。どちらも高血圧が引き金になりやすい。今回だけの症状か、繰り返す可能性があるのか、それを確認したいですね」 「くりかえす・・・・かもしれない?」 家に帰ってきた。 ひさしぶりに、ベッドで横になった。いつもは、ほとんど仕事場のソファーで寝ていた。 アイマスクをして、目に光が入らぬように心がけた。 「目が筋肉痛か・・・・」 眼科医の説明は、妙に納得できた。仕事柄、目を酷使している実感はある。 枕元の缶を手探りで開け、ビスケットを取る。 ビスケットを食べながら、少しうとうとした。 と、体を動かしていないのに、体が動くように感じた。ゆらり、と頭が右から左へ回るようだ。背中は布団に密着しているから、回っているなら、ベッドごと回っているに違いない。 「うわっ!」 アイマスクを取って起き上がった。悲鳴に、紀久子が跳んで来た。 「今、地震あった?」 「無いよ、何にも」 「じゃ、地滑りは? 家が揺れて、動いて・・・・?」 「夢を見たんでしょ。ただの、気のせいよ」 「そっか、気のせいか」 またアイマスクをして、横になった。紀久子の足音が遠くなる。 静かになった。 ゆらり、また体が回る。右から左へ、ベッドごと回る。 アイマスクを外して、部屋を見回す。異常は無い。 「目を閉じてても、目が回る・・・・これは、目じゃなくて、脳だろうな」 平衡感覚の異常は目ではなく、実は、耳の三半規管に由来する。あるいは、三半規管から情報を受け取る脳神経の問題だ。 またアイマスクをして、寝た。 やはり、脳を診る必要があると納得した。 少しして、また体が回る感じが始まった。 体が縦に回る感じが加わった。頭が下へ下へと落ちていく。でも、逆さづりにはならない。いつまでも、下へ向かって回るだけだ。 「むむ、もしかして・・・・・幽体離脱とか言うのは、こんな感じかな」 体が回る感覚に慣れ、考える余裕ができてきた。 「いつか、マンガにしてやる」 ・・・・・翌日・・・・・・ 脳神経外科の看板を掲げる病院は大きかった。 CTだのMRIだのと言った、大がかりな装置があるためだ。それらの機器を支える電源システムも、実は同じくらい大きいのだ。 「かっこいい」 検査装置を見て、藤井はつぶやいていた。漫画家は初めて見る機械に夢中だ。 ふええ〜っ、検査装置から降りる時、藤井はため息をついた。 あまりの騒音に、耳がいかれた。頭の中で、鐘が鳴り続けている。少し待って、説明のために呼ばれた。 「おおっ、これは!」 さっきの機械で撮った写真がライトボックスに並べられていた。頭部の断面画像だ。あご下から、脳天まで10枚以上もある。 科学のアートだ。家に持ち帰り、壁に飾りたいと願ったが、医者に却下された。 「脳出血はありません。あったら、普通は立っていられませんが。脳腫瘍も無し。あなたの脳で問題があるとすれば、この左側にいくつかある脳梗塞の痕です」 「のうこうそく?」 「血流が途絶えたりして、脳細胞が死んでいるのです。虫食いの穴のように、ポツポツとあります」 頭が虫に食い荒らされているらしい。頭痛や目の不調は、これが原因のようだ。 「将来、また脳梗塞を発症して、この虫食い穴がつながって溝にようになると、大きな外的症状が出る可能性があります」 「どんな風になるんですか?」 「左脳で起きる場合、しゃべりに難が出る言語障害、あるいは右の手足が動かせない半身麻痺ですね。前頭葉にも痕があるので、こちらにきたら、脳血管性痴呆症がありえます」 「痴呆症、ですか!」 「いや、最近は認知症と言うのでした」 「認知障害の認知症ですね、確か」 テレビや雑誌で、老人がかかわる話題の半分は認知症だ。自分の頭が、実年齢よりも老化しているようだ。 「大事なのは、なぜ、その年で多くの脳梗塞を持っているか、です。心臓や他の内臓に疾患が隠れていて、そこから来るストレスに脳が耐えられなくなっているのかもしれません。内科の診察をお勧めします」 「内科へ、ですか」 「脳梗塞を繰り返す人は、何らかの慢性疾患をかかえている事が多いので。高血圧症とか、血液がドロドロになる高脂血症とか、色々あります」 高血圧なら少し自覚している。また言われて、ため息が出た。 会計を済まし、妻がハンドルを握るクルマで帰る。 「次は内科か・・・・眼科行って、脳外科に来て」 紀久子があきれた風に言った。 「いいっ、もう十分診てもらった。帰ろ、帰ろう」 「内科へは、行かないの?」 「たらい回しだよ。もう帰ろう。もともと、たいした痛みは無いんだ。急ぐ必要は無いさ」 痛みは無いから、と診療を後回しにしてしまうのは、大病を患う人の特徴的行動だ。 後に、藤井は後悔する。後で悔やむ、と書いて後悔ではあるが。 「かっこいい機械も見たし、取材は十分した。いつかマンガにしてやる」 いつものセリフが出た。紀久子は笑った。 第2章 発症( 〜 ついに、やってしまった 〜 ) ・・・・・数ヶ月後・・・・・ 時計が午後10時を過ぎた。 ズキッ、左の前額部に痛みが来た。アイスクリームを急いで食べた時にも、同じところに痛みが来る。 藤井は、フーッ、と息をついて、また鉛筆を握りしめた。 もう少しで、下書きが終わる。後は、朝まで寝て、いよいよペン入れだ。 「お先に−、寝るよー」 妻の声に、おう、と答えた。 かちゃり、鉛筆を置いた。コンテと原稿の最終ページを見比べ、落ちが無いのを確かめた。 コンテのコピーを編集に送ってある。セリフの一字一句も勝手には変えられない、それがプロ。 「よーし」 藤井は原稿を置いて、背伸びをした。疲れた右手を回して、右肩も回した。ペン入れが始まれば、さらに倍以上も力が要る。 目薬をとる。テレビのように真上を向いて薬液を落とせない。せいぜいが45度だ。ちょっと首が痛んだ。 便意を感じた。丸い腹を両手でもむ。 藤井は立ち上がった。仕事の前に、出すべきモノを出しておくのだ。 トイレの便座に腰掛け、ふうと息をついた。小便にしろ大便にしろ、近頃は出始めまで時間がかかる。年のせい、らしい。 大便が大腸を下り、S字結腸に入った。直腸に来れば、いよいよ排便だ。 下腹部がプルプルと反応した。いよいよだ。 えい、と気合いを入れた。 ピキッ、目の前が一瞬白くなった。 ぎゃあああぁぁぁ〜〜〜〜〜っっっっっ!!!! 悲鳴をあげた。寝室の紀久子、二階の留美子も聞こえる大声だ。 悲鳴をあげながら、頭をかかえて、藤井はバランスを崩した。便座から尻がすべり、便器と壁の間に落ちて、体が挟まった。 体が二つ折りだ。腰が痛い、ついでに頭も痛い。 ふぎっうぎっ、いぃぃぃ〜〜〜〜っっっ!!!! 紀久子は家捜しの末、悲鳴の出所がトイレだと突き当てた。ドアノブを引くが、開かない。内側からロックされている。 「どうしたの、開けてよ、早くっ!」 紀久子は言いながら、何度もドアを引く。 そのトイレの中で、ガタガタ揺れるドアノブが藤井の頭を叩いていた。 「痛い、いたい!」 体をねじり、ドアノブに手を回し、指先でロックを外した。 バターッ、ドアと一緒に外へ倒れ出た。 妻と娘が心配顔で見下ろしている。ズボンとパンツが下りて尻が丸出しだが、頭が爆発しそうな痛みの中、身なりを気にしてられない。 「いたい、痛い・・・・・いた・・・・あれ?」 それは、また突然だった。 「痛・・・・くない」 頭に残るかすかな痛みは、ドアノブにぶつけた痕だけだ。 「変だな・・・・何が痛かった・・・・のかな?」 「頭、でしょ。頭が痛かったはずよ?」 痛みが消えて、便座から落ちるほどの痛みを思い出せない。まるで記憶喪失かのよう。 「おトイレは、途中?」 「いや、これから、でした」 藤井は前を手でかくし、またトイレに入った。 「夜の夜中に、人騒がせなんだから」 留美子はブツクサ言いながら、二階へもどって行く。 「また、起きたら困るから、カギはかけない方が良いわ」 「はい」 妻の助言に、藤井は力無く同意した。 便意が引っ込んでしまった。また来るまで、時間がかかりそうだ。 「雪隠でブッ倒れてしまったのは、上杉謙信だっけ。後を追うところだったぜ。この辺り、大河ドラマでは、いつもスルーされるよな。彼は大酒飲みだったはずだけど、そこらへんもパスされるなあ」 むう、と便座で考える人のポーズ。なかな便意が再来しない。 トイレを出た。結局、ウンチは出ず。 時計は、もうすぐ12時だ。 寝る前に、枠線だけでも引いておこう、と考えた。 カラス口とインクを用意。昔ながらのアナログなやり方をする男である。 キーン、と左側に激しい音がきた。体を回すが、音は同じ大きさで左側にある。 「耳鳴り・・・・か?」 左耳にモノが詰まったような違和感がある。ちょっと、普通ではない。 山盛りのカゴからチョコビスケットをひとつ、口に入れた。虫歯ではないから、甘味がしみて痛む事は無い。 「ま、そのうち直るだろう」 安易に考えて、イスに着いた。定規とカラス口を持った。 耳鳴りが止まない。左耳のあたりが痛くなってきた。 定規を置いて、立った。冷蔵庫に行き、アイスジェル枕を出す。左耳にあてた。痛みは和らいだものの、耳鳴りは続いている。 「やっぱ、疲れ、かな?」 そのままソファーに倒れ込んだ。 痛みが左耳から左の頭部に広がっていく。キーィィィーン、耳鳴りはさらに大きくなってきた。 冷やしても、まるで痛みがひかない。皮膚表面の痛みでは無いようだ。 ・・・・翌日・・・・・ 藤井紀久子は専業主婦、は表向き。実は漫画家のアシスタントを務める職業婦人。かつては「オクサン」のペンネームで仕事もしていた。 今朝は、まず主婦に始まり、後でアシスタントへジョブチェンジの予定だ。 台所で、朝の湯沸かし。そして、仕事場の夫を見た。 机に姿が無い。ソファーで横になっていた。 「あっ!」 つい声が出た。 靴下のかかとに、大きな穴があいてる。 かけ寄り、靴下を脱がせて、捨てた。寝室から新しい物を持ってきて、そそくさと着せる。 「ああ、おはよ」 夫が不機嫌に顔を上げた。寝不足が一目瞭然だ。 「どーしたの?」 「あたま・・・・痛い」 「また、頭が?」 壁のカレンダーを見れば、今の原稿の締め切りは明日だ。 「寝込むのは、原稿を上げてからよ。今夜中に仕上げなきゃ、アウトだから」 「はい」 藤井は、力無く答える。紀久子はマネージャーへジョブチェンジしていた。 「こんにちわー、来ました」 山本くんが車いすをガタガタ言わせながら入って来た。 「はい、どもねー。そこ、使って」 紀久子がとなりの机を指す。 山本は車いすからビジネスチェアへ移動、介助するのは留美子。そして机に付いた。車いすでは低すぎて、仕事にならない。 留美子は台所へ行く、今日はメシスタントだ。 「これをね、得意の爆発、お願いね」 「はい」 山本はチーフアシスタントの紀久子から原稿をもらい、下絵をいかにすべきか考えた。 藤井は顔の左をアイスジェルで冷やしている。右手も机のアイスジェル枕の上に置き、冷やしている。 さて、とアイスジェルを置いて、またペンを持った。顔の左側はしかめたままだ。 ふう、ふう・・・・と大きく息をつきながら、ペンを走らせる。しかし、なかなか進まない。 「人物だけは、済ませてね。後はなんとかするから。だめなら、顔だけ入れといて。それが終わったら、死んでいいよ」 「は・・・・い」 紀久子の声に、藤井の声は消えそう。 「この場合、死ぬと言うのは、寝て良し、の意味ね」 留美子が山本に耳打ちした。了解とうなづいた。 「具合、悪そうだ」 「軽い風邪かもね。体温測ったけど、6度2分で平熱なのよ」 師を心配する弟子だが、家族はのんびりしたもの。 藤井は反論しかけて、やめた。平熱が35.4度程度なので、36度を超えたら朦朧とするのだ。 日がとっぷり暮れて、ようやく仕事は一段落した。 今晩は四人で食事、山本がいる。 しかし、藤井は食事が進まない。舌がしびれて、味がわからなくなってる。少しづつ口に入れて、とにかく飲み込む。 「やっぱり、爆発描かせたら、山本くんだね」 紀久子がほめる。 「アニメーターだけど、庵野秀明が爆発を得意にしてたみたい。オレだって可愛い女の子を描きたいし描けるのに、爆発シーンばかり回って来る・・・・なんて、昔のインタビューにあったよ」 漫画史とアニメ史は留美子の独壇場だ。 ピンポーン、とドアホンが鳴った。タクシーが来たのだ。 バックドアを上に開き、スロープが降りた。サンダーバード2号のコンテナみたいなクルマだった。 「今時は、こんなタクシーがあるのか。かっこいい!」 藤井は感心する事しきり。 山本は車いすごと乗り込み、帰って行った。 ・・・・・さらに翌日・・・・・ 結局、藤井は朝まで眠れなかった。 寝室へ行く気力は無く、仕事場のソファーで横になっていた。ここで寝るのはいつもの事なのだが。 目を閉じると、体がグルグル回る感覚がくる。乗り物酔いのような気持ち悪さになる。で、目がさめる。それがイヤなので、目を閉じないよう起きている。疲れて、つい眠る。体が回って、気持ち悪さに目が覚める。その繰り返しだ。 クルマが帰って来た。 「一番機で発送、オッケイ。さあ、今度は病院行くよ」 紀久子の呼びかけに、右手を上げて応えた。 「さあ、起きて」 手を引かれて、体を起こした。とたん、体が揺れた。両手両足を広げて支えて、こらえた。 体が揺れているのではない。家が、世界が揺れている感じだ。 留美子が体を寄せてきた。学校は休むらしい。 ふわり、藤井の体が浮いた。留美子が持ち上げたのだ。 娘に支えられ、藤井は玄関前のクルマへ。リアシートに座った。 「すごい力だね。柔道でもやってたっけ」 「ちゃうちゃう。友達付き合いで鍛えてただけ、山本くんね」 「なるほど、良い友達持ったね」 「まあ、こんな事もあろうかと、ほほほ」 娘にシートベルトまでかけてもらい、父は一息ついた。 クルマが走りだした。 曲がり角で、藤井は恐怖した。まるでクルマがぐるりとスピンしたような感覚が来た。 両手両足で踏ん張り、体を支えた。 「どこ行くの? また、脳外科?」 「以前、内科の診察をうけろと言われたのよね。両方ある病院が良いでしょ」 「全部ありなら、市立病院だね」 前席で妻と娘が言い合うのを、後席の藤井は身を固くして聞くだけだった。 アクセルが踏まれると、垂直の壁を登るように感じた、ブレーキがかかると断崖絶壁から落ちるように思った。角を曲がると、車がぐるぐる回るかのようだ。 おれは壊れた・・・・藤井はゲップをこらえて、席で深く座っていた。朝飯をとってないのを思い出した。 病院の駐車場は混んでいた。玄関から100メートル、端に駐まった。 「車いすを借りてくるね」 留美子が走る。軽快な足取り。今時の病院には、患者用に車いすが常備されている。 ドア横に車いすを置いた。 となりの駐車スペースが空いてないと、車いすを使うためにドアを全開できない。端に駐めた理由だ。 胸と胸を合わせ、ひょいと体を持ち上げた。クルマのシートから車いすへ、ポンとあっけなく移動した。 「すごい力だなあ。何て技だい?」 娘の剛力に、父は感心する事しきり。 「前から胸を合わせて投げたから、スロイダー・スープレックスかな。後ろから組んで投げれば、バックドロップね」 「バックドロップ?」 「かつての世界チャンピオン、ルー・テーズが言いました。へそを相手に密着させ、へそで投げろ、てね」 「ルー・テーズ・・・・」 藤井は、また感心した。プロレスの技と介護の技は通じるところがあるらしい。 留美子が押す車いすが、ゆっくりと病院の玄関へ進む。 車いすは、けっこう揺れる。なので、歩く速度より、少し遅めに動かすのが原則。 おかしい。車いすは進んでいる。病院の玄関に向かっているはずなのに、玄関が近くならない。 車いすが止まった。 自動ドアが開いた。病院の玄関に着いたのだ。 うわっ、つい声を上げてしまった。遠近感に異常がきていた。 第3章 入院( 〜 もう何もできない 〜 ) 建物に入って、目がくらんだ。藤井は、そう思った。 目を細め、良く見ようとした。 暗い受付前ロビーで、たくさんの影がうごめいていた。風の音がする、低くゴーゴーと。 昼間のはずなのに、夜のようだ。窓の外は輝くほど明るい。照明はどうなっているのか、天井を見ようとしても、頭は動かない。 ゆらゆら動く影の中に、妻の姿を見つけた。家を出る時は色物のドレスだったのに、今は白い装い。 紀久子が影のひとつと話している様子だ。 と、その影が近寄ってきた。ゴーゴーと風の音が強くなった。 紀久子の口が動いていた。何か言っているみたいだが、風の音に遮られて聞こえない。 藤井紀久子は初診のための手続きをしていた。アレルギーの有無など、あれこれな調査表に記入しなければならない。 受付の職員が看護師を呼んで、受付前にいる患者を診せた。明らかに顔色が悪い。呼びかけに反応しない。 受付前は騒がしく、患者に悪い影響がある。救急外来の処置室へ移動して、そこで詳しい診断をする事になった。 藤井は視界が狭いと感じた。上下から黒い幕が間を詰めてくる。 若い頃、酒を飲み過ぎた時にも同じような事があった。意識が無くなる直前の状況だ。 一度目の失神では大ケガをした。二度目では、倒れた直後に意識がもどった。失神する前に、倒れる前に、あらかじめ寝ていれば失神しないと学んだ。 体を横にしなければならない。が、今は車いすに座っている。 体を折り、ひたいをひざに着けた。少なくとも、頭と心臓の高さが同じになった。 背中に手が当たった、あたたかい。たぶん、娘の留美子だ。 車いすが動いた。 変だ。 横に動いているはずなのに、垂直に登っているかのようだ。 平衡感覚が狂っている。頭が横になっているせいか、脳天が上方と感じていた。 「しっかり。もうすこし、がんばってね」 妻の言葉が耳に入った。音ではなく、言葉がわかった。 あと少しで、今の状態から抜け出せるだろう。 救急外来の処置室に入った。カーテンで囲みこめるベッドが並んでいる。 ベッドに車いすを横付けした。 「藤井さん、ベッドに移りましょう」 看護士の呼びかけに、藤井は頭を下に向けたまま聞いていた。 妻以外の人の言葉がわかるようになった。あと、もう少しだ。 車いすのステップが外され、足が床に降りた。藤井は立とうとした。が、脳天の方を上と思い込んでいた。 ゴツン、にぶい音をたてて、藤井は頭から床に突っ込んでいた。そこで、意識を失った。 人間は意識を失うほどの衝撃をうけると、反射的に身を屈めて胎児のポーズをとる。が、胎児のポーズを長時間続けると、喉が閉じて窒息の危険がある。胎児は息をしていないから。 看護士は倒れた藤井の首をとり、あごを上げて気道と呼吸を確保した。 となりのベッドにいた看護士が応援して、4人がかりでベッドに持ち上げた。 へたに意識があるより、完全に失神している患者のほうが、看護士には扱いやすい。 「ここ、どこ?」 藤井はうつろに口を開いた。 「病院よ。さっき、倒れて大変だったんだから」 「ああ、そうだっけ」 妻に、ちゃんと言葉を返せた。しかし、体は動かせない。指の先まで、全身が脱力している。 ベッドに寝かされ、見ているのは天井の方らしい。 「首、痛い」 冷やした水枕が首の下に入っていた。 倒れた時に頭を打っているので、首が筋肉痛を起こす。その予防策だ。 「102から148、高めですが平常値ですね」 右手の違和感は、看護士が血圧を測っていたせいだった。 麻痺のような脱力をしていて平常値、それこそ異常だ・・・・と、突っ込みを入れたかったが、口がうまく動かない。 看護士が顔を寄せてきた。 「藤井さん、ここはどこか、わかりますか?」 「病院、市立の」 「今、何してますか?」 「ベッドで、寝てます」 看護士が質問してくる。意識の回復ぐあいを診る質問だ。 別の人が近づいてきた。看護士とは服装が少し違う、医師のようだ。 ペンライトで目を診て、口の中をのぞき、両手首を握って持ち上げた。ぱっと放したので、どうしようと迷って、ややあってから手を下した。 「手、上がりますか?」 医師が両手を上げろと、手を上げて誘う。藤井は力も入らず、ひじから先を持ち上げた。 「握れますか?」 医師が、手をニギニギしてみろと誘った。 藤井は、力が入らないまま、両手を握ってみた。右手が少し遅れたが、握れた。 「麻痺、と言うほどの麻痺は無し」 医師は藤井の足を診た。ひざの角度、足首のねじれ、静的状態で麻痺の有無を診ている。 「どこか、苦しくはないですか?」 「お・・・・お、おしっこ」 「おしっこ!」 医師は看護士に指示を出した。尿瓶の準備だ。 尿瓶が来て、それを使うには、体を仰向けから横向きにしなくてはならない。 医師が手を引いて、藤井は上体を動かした。腰の方では、看護士が尿瓶を持って待機している。 と、体は横向きを通り越して、うつ伏せまでいった。ベッドから落ちかけた。 危うく、医師と看護士が支えた。藤井の体は逆回転して、元の仰向けにもどった。 「危なかった」 医師は胸をなでおろす。 平衡感覚が崩れ、さらに体が脱力しているため、半端な姿勢が保てないのだ。 「これからの事もあるし、導尿しましょう」 「はあ・・・」 藤井は、よくわからずに同意してしまった。 導尿とは、膀胱まで管を入れる事だ。尿意に関係なく、尿は管を通って体外の袋へ排出される。 吐き気で、昨夜からほとんど食べてない。こちらには、点滴をする事になった。排尿で体外へ出る水分を補給する必要もある。 二本の管が、藤井の体に入った。 妻が帰ってきた。藤井は泣き顔で訴えた。 「母さんと奥さん以外の女の人に、チンチン触られちゃったよう」 「生まれた時、産婦人科の看護婦さんに、いっぱい触られてるはずよ、ほほほ」 「ああ、そうかも」 導尿の管を入れる時の話をして、はたと違和感を覚えた。 妻の紀久子と思っていたが、娘の留美子だった。 「あれ・・・・オクサンは?」 「帰ったよ。入院の支度で、下着とかタオルとか、持ってくる」 「今日は帰れないの?」 「これから検査よ、いっぱい。少なくとも、検査入院で三日はかかるって」 「み、三日も・・・」 「そのまま治療にかかって、三か月くらいは」 「さ、三か月も・・・」 失業する、と藤井は覚悟しなければならなかった。 漫画家は、漫画一本づつの日銭仕事だ。仕事に穴を開けたら、別の漫画家が入る。また仕事を取るのは容易ではない。 看護士が来た。 「これから心電図です。次に脳波を取ります。採血と尿検査は、そのままでできますね。頭の写真では造影剤を使うので、同意書にサインお願いします」 留美子がペンを取る。と、看護士が4人ゾロゾロと入ってきた。 「藤井さん、検査の前に着替えしましょう」 有無を言わさず、看護士の手が藤井の体にかかった。 ズボンも上着も下着のパンツまで取られて、たちまち丸裸にさせられた。そして、浴衣のような病院着をつけられた。慣れた手際は、荷物の梱包のごとし。 女性看護士は別として、娘に全裸を見られたショックの方が大きかった。 カラカラと音をたて、ベッドの横にストレッチャーが来た。 4人がかりで、ひょいと移動した。 「では、検査室へ行きます」 看護士がストレッチャーを押した。 娘が遠ざかる。バイバイと手を振っていたので、つい手を振って答えた。 さて、移動するストレッチャーの上で、また藤井は揺れていた。 床の微妙な凸凹を10倍に大きく感じるのだ。曲がり角では、車輪に乗ってグルグル回されているように感じた。 検査室では、体にいっぱい電極を付けられ、またはがされて、痛かった。頭にもたくさん電極を付けられ、またはがされて、すごく痛かった。 大きな機械のある部屋で、ストレッチャーから「えいやっ」とベッドに移された。 いよいよ改造手術の本番か、と思った。漫画家の本能が働き、天馬博士かギルモア博士か敷島博士の姿を探した。しかし、死神博士かドクター・フーのような人ばかり目につく。 検査が終わり、病棟への移動となった。 また、荒波にもまれる板切れの気分で、長い廊下を通り、エレベーターに乗り、病室に着いた。 左右をカーテンで仕切られた病室のベッドで、藤井はため息。 点滴と導尿の管は入ったまま、寝返りもままならない。 妻の紀久子が来た。大きなカバンと紙袋を抱えてきた。 ベッドサイドのスツールを開いて、カバンの中身を入れていく。タオルと下着、電気カミソリと歯ブラシ、スリッパに小銭入れ。 家で使ってる低反発枕を持ってきてくれた。病院の固い枕と交換した。 紀久子は入院が長期になると覚悟している様子。 妻がそうなら、藤井も覚悟した。夫婦のキズナを感じた。 妻が帰って、さびしくなった。窓の外が暗くなってきた。 ふと、右のカーテンの向こうから声が聞こえてきた。 「ああ・・・・あなた、わたしよ・・・・わたしよ・・・・おねがい、ひとりにしないで・・・・」 危篤状態なのかと勘繰りを入れたくなる。 と、左のカーテンの向こうからは、すすり泣きが聞こえてきた。 「みなさま、一旦部屋を出ていただき、お体をきれいにする時間をいただきます。おわかれは、またその後で」 足音がゾロゾロと部屋を出ていく。 幻聴だろうか。死人が隣のベッドにいるらしい。 「きくこ・・・・るみこ・・・・」 つい、家族の名を呼んだ。 その夜は、ほとんど眠れなかった。 ・・・・・翌日・・・・・ 「おはよー」 妻の元気な声で、藤井はうたた寝から目覚めた。 「おとなり、空いたのね」 「今朝、荷物を出して行った」 左側のカーテンが開いて、室内が広く見渡せた。朝の光が、部屋の奥まで照らしている。単に部屋を移っただけか、あるいはだったか、看護士に聞く勇気が無い。 右側のカーテンは閉じたまま、中をうかがう事はできない。 「編集の五十嵐さんと連絡ついたよ。お大事に、だって」 失業確定の報告だ。狭い業界ゆえ、たちまち全ての出版社に伝わるだろう。 これから市役所へ行き、社会保険事務所へ行く、と言う。高額医療費と傷病手当を相談するらしい。保険会社に連絡して、入院費を保険でまかなえるかも問い合わせる、と言う。 法律の問題はよくわからないが、いきなり無収入で路頭に迷う心配は要らないようだ。 ここは素直に、妻のマネジメントへ感謝しておこう。 「藤井さん、午後から、先生がお話するそうです」 看護士が来て、告げた。 ついでに、点滴のパックを交換。尿袋もチェックした。 「ウンチは、まだ出ませんか?」 藤井は首を振った。思えば、トイレで頭痛が来た日から、もう3日も出してない。 「出そうになったら、言ってください。車いすでトイレまでいきましょう。それとも、ここにポータブルトイレを置きましょうか?」 便意が無いのに、ウンチの話をされても、返答に困るだけだ。 「と言うか、体を起こすのも、ままならないので」 「そうでしたね。じゃ、出そうになったら、お尻の下にトレイを入れるので、それにしてください」 「トレイに・・・・トイレを」 ちょっと、妙な空想をしてしまった。 「いよいよ出なければ、座薬を入れましょう。それでもだめなら、浣腸です」 他人の尻に触れるのを、まったく厭わないセリフ。さすが看護士、と感心した。 むしろ、患者の方が恥じ入ってしまう。 午前の終わりに、病室を移った。今度は一人部屋だ。 点滴をしているので食欲がない。気分が悪くて、食べられないのも事実だ。食べないので、便を出す反射が起きない。 「浣腸か・・・・」 他人の目に自身の肛門をさらす事になるかもしれない。恥ずかしいなどと言っていられる身分ではないが、わずかなプライドが心を揺さぶっている。 「ライトなSMしたけりゃ、入院すれば良かったんだ」 独身時代に読んだアッチ系の本を思い出した。結婚して、すべて妻に捨てられてしまった。今は記憶の中にだけ残っている。 紀久子がもどって来た。昼飯は食堂でとったようだ。 医師が来た。 「藤井さんを担当します、米山と申します。これから病状を説明します」 メガネの好青年だ。妻の目が乙女にもどっている、ちょっとジェラシー。 通常、こうした説明は談話室などで行われる。今回は、藤井が移動できないし、一人部屋なので、ここでする事になった。 「単刀直入に言います。脳梗塞です。今回は、小脳で起きました。吐き気や目まいは、そのせいです」 脳梗塞というのは、前にも聞いた。 「左脳にも脳梗塞の痕があり、大きめの物ですが、それとの相乗で、表面症状が大きく出たかもしれません」 「前のヤツとの合体技ですか」 「脳梗塞の周囲の細胞が、機能を肩代わりしてくれるようになれば、症状は改善します。個人差が大きいので、いつまで、とは言えません」 「今日、帰れます?」 「無茶な。症状が、もう少し進む可能性があります。それを見極めてから、治療とリハビリの計画を立てます」 帰宅の希望が却下された。失業は決定的になる。 「脳梗塞で死んだ細胞は別として、まだ死にかけの細胞があるはずです。そのまま死んでしまうのか、復活するかで、症状の進行と回復が変わってきます。気長に、ね」 「どれくらい、かかりますか?」 「2年から3年、それくらいで普通の生活にもどれますよ、きっと」 「3年、ですか・・・」 3日で帰れる事を期待したが、3か月と娘に言われて失業を覚悟した。3年では、失業ではなく廃業だ。 「それと、藤井さんの脳の血管は、全般に細くて、血流が弱いようです」 頭の血のめぐりが悪くて、バカみたい・・・・とは、よくある悪口だ。知的な表現と感心した。 「血液と尿の検査結果はまだですが、糖尿病の疑いがあります」 「とーにょーびょー!」 昔なら、勃起不全になるとも言われた病だ。今では都市伝説と化しているが。 「糖尿病にも、いくつかタイプがあります。場合によっては、脳梗塞が再発する可能性が高くなります」 「また脳梗塞に・・・・今も、やってるのに」 「治療には、その体質改善も含まれます。だから、気長に、と言いました」 脳梗塞をくりかえす者は、別に内蔵の疾患をかかえている。以前、脳外科で言われた。今回は、糖尿病と病名を指摘されてしまった。 米山医師が帰った。 静かになった病室で、藤井は妻と二人、長い沈黙の時をすごした。 「2年から3年か、長いね」 「そうだね」 日が傾いて、部屋が薄暗くなってきた。 紀久子が帰って、夜は一人きり。 起き上がろうとして、グラリ、めまいで倒れた。 腰を持ち上げ、背中に風を入れた。気持ちいい。が、めまいで、また尻もちに寝た。 少し、ウトウトと寝た。 揺れる、右へ左へ、また揺れた。 目が覚めた。 「夢か・・・」 また、ウトウトして、揺れが始まった。 以前にあったが、あれはゆっくり回るようだった。症状が進んでしまったようだ。 右へ、また左へ、不規則に体が揺れる。 いや、背中は磁石のように布団に貼りついている。揺れているなら、それはベッドだ。 はたと目を開け、部屋を見渡した。何も揺れてない。 「夜な夜なベッドを揺らすポルターガイストは、脳梗塞が正体だったか。い・・・・いつか、マンガにしてやる」 揺れで、その夜は、ほとんど眠れなかった。 第4章 自宅療養( 〜 病の中の懲りないヤツ 〜 ) ・・・・数か月後・・・・ 藤井は入院から3ケ月、杖で立てるようになった。退院して、家に帰って来た。 しかし、トイレと食事以外は、寝てるだけの生活が続いた。 ノルディックウオーク用のストックを買ってきて、紀久子が散歩に誘った。リハビリを兼ねた運動だ。 今日も、夫婦二人でウオーキング。 事実上の4足歩行なら、と簡単に思ったが、初めは100メートル先のコンビニへ行くのもしんどかった。1キロ以上のウオークができるようになるまで、3ケ月もかかった。 今日はひと回り2キロのコースを歩いている。 「ごめん、ここらで休もう」 藤井がしゃがみ込んだ。 「まだまだ、やっと半分だよ。若い頃なら、15分くらいの距離しか、歩いてないわ」 紀久子がハリアップと声をあげた。 「おれは、もう年寄りだ。体よりも、脳みそが、すごく年取ったよ」 筋肉ではなく、神経が疲れて動きたくなくなるのだった。根性論者は筋肉疲労を認めても、神経疲労は認めないものだ。内臓疲労を認めないから、熱射病や疲労骨折の事故につながる。 等々・・・と、考えながら、脳のリハビリをしてみた。 漫画は理屈抜きで楽しむものだが、それを描くには、あらゆる理屈をこねて物語にする。 そろそろ行くか、と顔を上げたら、白い杖の人が通り過ぎて行った。 白い杖の先でリズミカルに地面をたたき、背を伸ばして歩いて行く。 「白い杖、なら・・・・全盲かな」 「あの歩き方は、そうかも」 むう、と後姿を見送る。 「目に頼らず、耳の三半規管だけで垂直と平衡を感じ取り、真っ直ぐ進んで行く。すごい事だ」 「すごいの、あれが?」 藤井は感心するが、紀久子は半信半疑の様子だ。 「きみも、耳が壊れたら、そう思うようになる」 「あなたが壊れたのは、耳のずっと奥の方でしょ」 「はい、わたしは脳みそが不自由で、まともに歩けないのでした」 脳みそが不自由・・・・差別っぽいが、良いフレーズと思った。 矢吹丈は脳みそが壊れて、まっすぐ歩けなかったり、目がかすんだりした。ちょー有名なマンガだ。今の藤井は、マンガの登場人物ほどの存在感も無い。 プルルルル、紀久子の携帯が鳴った。 「はい、行けます。じゃ、2時間後くらいに」 携帯をしまい、紀久子がウインクを投げてきた。 「けもさんの仕事?」 「はい。なので、即行で帰りましょ」 二人は回れ右、最短距離で帰宅のコースを取る。 藤井は振り向き、遠くなる白い杖を見た。 子供の頃には、盲人が主役の漫画があったはず、と記憶をたぐった。絵が脳裏によみがえってきた。 妻は出稼ぎに行った。たぶん、徹夜になる。 一人、机で画用紙に向かって鉛筆を走らせる・・・・いや、よたよたと鉛筆はよろめいて、ヘロヘロな線しか描けない。 はあ、と息をついて鉛筆を置いた。 復帰の道は、まるで見えない。暗闇の中だ。 「ごはんだよー」 台所から娘の留美子が呼ぶ。 藤井は両足を踏ん張り、ゆっくりと立ち上がった。家の中では、壁や家具を手すりにして歩ける。 テーブルに用意された夕食は、字に書くのもはばかられる量だった。 「これ、だけ?」 「これだけよ」 低糖な糖尿病予防メニューだが、ついでに体重減量メニューでもあった。退院したころはスリムだった腹が、わずか1ケ月で元にもどってしまった。妻、紀久子が腕によりをかけた料理のせいだ。 おかげで、リバウンド後の減量は、さらに過酷だ。 テーブルをはさんで座る娘は、ソースをたっぷりかけたステーキ。匂いが毒々しく鼻につく。 「言っておくけど、女が大食いして太って誉められるのは、妊娠中と授乳期間だけだぞ」 「あら、お父さんたら、孫が欲しいの?」 「まだ、いい。まだ、早い!」 口喧嘩では、もう娘にも勝てない父だった。 娘は二階で寝た。 深夜、一人で机に向かう習慣は崩れていない。ペンを持っても、まともな線が描けないだけだ。 ペンを置いた。 耳をすまし、二階をうかがった。 静かなのを確認して、サイドテーブルの引き出しを開けた。アンパンを取り出した。 紀久子が出かけた後に、コンビニで買ってきておいた。リバウンドの正体だ。 同時刻、となりの町、ペンネーム「ビル・けも子」の家で、紀久子は仕事をしていた。 大きなテーブルを女3人が囲んで座る。 けも子がペン入れを終えて、左へ原稿を送った。受け取った紀久子は、消しゴムで鉛筆の下書きを消す。背景を描き足して、また原稿を左へ送る。受け取るのは、友達の邦子さん。ベタ塗りして、ホワイトを入れ、トーンを貼る。 「オクサン、前から聞こうと思ってたけど」 けも子が紀久子をペンネームで呼んだ。しゃべりながらも、ペンを取る手の動きは鋭く華麗だ。 「なに?」 「あのダンナの、どこが好いのさ。あたしなら、とっくに離婚してるよ」 「そうねえ・・・・メタボだし、脳梗塞だし、マイナスポイントは山積みだよね。でも、留美子の父親だし、まだちょっぴりプラスポイントが上回っているかな」 「おお、そうゆう言い方があったか。よし、次の回で使おう」 紀久子は破顔した。マンガのネタを供給するのもアシスタントの仕事だ。 ・・・・・翌日・・・・・ 朝、紀久子は帰って来た。 車を降り、家の玄関前で、出かける留美子とはちあわせした。 「おかえり、行ってきます」 「行ってらっしゃい」 母と娘は、朝の挨拶を足を止めずにすませた。 家に入って、紀久子は夫の姿を探した。 藤井は仕事部屋のソファーでいびきをかいていた。Tシャツのすそがめくれ、はみ出た丸い腹に穴のようなへそ。 ごみ箱にアンパンとポテトチップの袋を見つけた。チッ、と舌を打つ。 机を見ると、鉛筆のなぐり描きがあった。 古い紙には、よれよれの線や崩れた円がある。新しい紙には、人物があった。かわいい女の子が微笑み、跳んで、走っていた。 脳梗塞で失ったのは、直線をなめらなかに描く能力だ。デッサン力は、まだ十分にある。 コマ割りと下書きまでを夫にまかせ、ペン入れは妻がする。紀久子の頭に新しい夫婦分業が浮かんだ。 ジリリリ、電話が鳴った。取ると、編集の五十嵐だった。 「おはようございますー、調子いかがですか?」 「患者としては順調、と言えば順調です。漫画家としては、まだ五里霧中でしょうか」 編集は漫画家に電話で雑談をしない。何事かと、つい身構えて聞いてしまう。 「闘病記を描かないか、と思いまして。オクサンが描くなら、介護奮戦記になりますね」 「そんなの、マンガになるんですか?」 「けっこう流行ってますよ。アルコール中毒で措置入院したとか、父は脳溢血で母は癌だとか、自殺未遂したとか、ドキュメンタリータッチの漫画があるんです」 小説のような読み物では知っていたジャンルだが、マンガでもあるとは知らなかった。 「脳梗塞で緊急入院、一時は歩くのもままならなかった、でしょ。ドラマチックで、いけますよ」 うーん、と紀久子は考えた。しばらく眠っている作家脳を呼び戻す。 「反省して、悔い改めて、聖人になったような人は、面白くないですね。マンガなら、懲りずに失敗を繰り返す人のほうが・・・・うちの人、いけます。ぜひ、やらせてください!」 「じゃ、その線で進めてみてください。くわしい事は、また後ほど」 受話器を置いて、また考えた。と、夫が腹をかきながら、ソファーで見上げていた。 ぐいっ、親指を立てた。 「仕事、入ったよ!」
本作は藤井昌浩著作の漫画を原典としている。 |