透明人間

 
「あんた、影が薄いよ」
 昔から、よく言われてた。
「もっと大きな声で言え」
 これも、日常的に言われてきた。
 わたしとしては、しっかり声を出したつもりでも、相手に伝わらない、聞こえないらしい。
 そして、ある日、わたしは影が無くなった。声もとどかなくなった。


第1章  だれも気付かない 


 その日は月曜日だった。
 カーテンの隙間から差し込む朝日に、わたしは起こされた。
 洗面台で顔を洗う。鏡がボケて、顔がよく見えない。その時は、それくらいに思った。
 会社に出た。勤めているのは自動車販売店。その中古車部門。
 おはよう、と皆に声をかける。反応が無いのは、いつもの事。
 事務所で朝礼が始まった。
 と、山根店長が首を回し、だれかを探すそぶり。探しているのは、わたしだった。
「あいつめ、また無断欠勤か」
 わたしは店長の目の前にいる。なのに、気付かない。
 ここにいます、と答えたが、聞こえないそぶりだ。他の者も、わたしがいないかのようだ。
 社内いじめのニュースを見た事がある。無視する、備品や書類をかくす、無理難題をふっかける。
 わたしに退職を促すため、そういう態度を取っているのかも知れない。
 いても、いないように扱うなら、いたところでしょうが無い。わたしは朝礼を外れ、トイレに入った。
 小便をして、気が落ち着いた。
 手を洗いながら、鏡を見ると、自分が見えない。
 自分の顔も手もさわれるし、直には見える。なのに、鏡に映らない。
 携帯電話を出し、カメラモードにして自分を撮った。撮れたのは後ろの壁だけだ。
 まさかと思いつつ、トイレを出た。
 事務の女が二人、前を通って女子用トイレに入った。わたしも追って入った。
 女子トイレに男がいるのだ。無視して、いないそぶりはあり得ない。
 女たちは、それぞれに用をたした。本当に、わたしに気付かない。
 彼女らは鏡に向かい、髪などをチェックする。わたしは後ろに立つが、映っているのは、女だけ。
わたしは吸血鬼のように、姿形も無い。
 女たちは平然と出て行った。
 どうも、わたしは空気のように存在を認知されないらしい。
 戸を開け、女たちが使った便器を見た。
 かわいい薄ピンクだ。ペーパーホルダーにも、小さな縫いぐるみが付いてる。
 と、また一人入ってきた。
 高沢淳子、新車部門のタカビーなやつ。美人でスタイル抜群だから、態度が少々高圧的でも店内の受けは良いらしい。
 その高沢が、わたしが見ている前で、スカートをめくり、下着を下ろしての便器に座った。
 レバーを押し、水を流す。女は二度流すと聞くが、彼女もそうした。
 水が流れる間に、ブリリッと大きな屁をこいた。臭いは水が吸い込んだ。職場では、マナーとして屁をこらえているのだろう。女ならではの苦労を思う。
 しゃがむと、淳子が大股開いた姿を前から見るかたちになった。
 もじゃもじゃと陰毛の面積は大きい。股の間のへこみから、勢いよく水が出た。
 男が直前で見てるのに、全く気付く様子は無い。
 水がしずくだけになっても、淳子は立たない。むむっ、と口をへの字に力むと、股の奥から黒い棒が出てきた。
 大便に付き合う気は無いので、わたしは立ち上がり戸を開けて出た。
 きゃーっ、あああっ、淳子の悲鳴。
 わたしに気付いたのではなく、戸が開いて驚いたのだ。
 あの気位の高い女が、尻にウンコをぶら下げ、戸に手を伸ばす様を想像して笑った。
 整備工場に来た。
 整備士の一人が駆けてきた。ドンとぶつかった。
「おう、どうしたい?」
「いやあ、何かにつまずいた」
 彼らにしても、わたしは存在しない者のようだ。
 もういいや、わたしは諦めて帰る事にした。

 アパートの近くまで来て、ぐうと腹が鳴った。
 早朝営業のスーパーに入った。
 食べ物をカゴに入れながら、今後の事を考えた。職場のいじめと見るなら、行くべきは労働監督署であろうか。しかし、そんな役所の名前は知っていても、場所は知らない。
 気付くと、カゴを持ったまま店の外に出ていた。これでは万引きだ。
 店に入りなおし、レジに並ぼうとした。
 と、ドンと背中を押されて、レジを通過してしまった。押したのは、後ろの客のカートだ。レジの店員も客も、わたしに気付かない。
 実験を思いついた。
 レジ横に積み上げられた空のカゴから、ひとつ取った。
 わたしは両手のカゴを振り上げてみるが、店員はだれも注目しない。わたしを認知しないのは、会社だけの事ではない。
 店の外に出て、空のカゴを置いた。
「あらあら、だれかしら、こんなところに」
 客がカゴを拾い上げ、店に入っていった。
 わたしが持っているカゴは見えないが、手放したカゴは見えるようだ。
 万引きで捕まるのを、半ば期待しながら、わたしはスーパーを後にした。

 アパートに帰って、湯を沸かした。
 カップ麺に湯をそそぎ、しばし待つ。さっき買った・・・・もとい、万引きした商品だ。
 プルルルル、携帯が鳴った。店の同僚からだ。
 向こうからの声は聞こえる。でも、こちらがいくら応えても、聞こえないかのように何度も呼びかけて来る。
 機械を間に入れても、わたしの声はとどかないらしい。
 あきらめて、携帯を切った。
 カップ麺を食べた。温かい物を腹に入れて、次の事を考えた。
 直接話しかけてもダメ、携帯を通してもダメ、どうしたら話が交わせるのだろう。
 どやどや、廊下が騒がしい。
 ダダンダダン、ドアを乱暴にノックしてきた。
 ドアを開けると、山根店長とアパートの大家だった。
 わたしを無視して、二人は部屋の奥まで入った。
「やっぱり、いない」
「いや、お湯を沸かしています。ついさっきまでは、いたようです」
 二人とも間違ってる。わたしは同じ部屋の中、目の前にいる。
 おーい、と声をかけるが、まるで二人には聞こえてない。
 店長の携帯が鳴った。
「おおう、やつの携帯は通じたか。でも、何も応答しない、と。わかった」
「失踪届けでも、出しますか」
「いや、もう二日三日待ってから」
 おーい、ともう一度声をかけたけれど、気付かない。ムダだった。
 二人は出て行った。


第2章  気付いてくれなくても不自由無し、かもしれない


 失踪届けを出す、大家と店長が言った。
 わたしは失踪してない。ずっと、ここにいた。あんたらが、わたしの存在に気付かないだけだ。少し腹立たしい。
 失踪・・・・それは、いつかしたい、と思ってた。
 クルマは売れないし、顧客との交渉はヘタだし、怒鳴る店長は嫌いだし、その他色々。何もかも放り出して、自由になりたい願望は常にあった。
 自由の質が問題だ。
 富士の樹海で白骨化する自由とか、ホームレスが段ボールハウスで凍死する自由とかは、ちと遠慮したい。
 あれこれ考えて、まず、失踪届けを何とかしたい、と思った。
 わたしはアパートを出て、警察へ行った。
 仕事柄、警察は行き慣れている。
 受付に行って、つい習慣で車庫証明の前に立ってしまった。これは間違い。
 家出人、捜索願い、の看板を探した。
 受付の前に来て、はたと困った。
 おーいおーい、いくら声をかけても、係の人が全く気付いてくれない。これでは、何も届けを出せない。
 声がダメなので、申請書の裏に、今目の前にいる、と書いた。係の顔の前に差し出すが、これでも気付かない。
 スーパーでの実験を思い出した。わたしが持っているので、見えないのかも知れない。
 紙を係の手元に置いて、手放した。
 ついに気付いた。が、紙を見て、周囲を見て、首をひねり、紙をゴミ箱に捨ててしまった。
 届けをあきらめ、わたしは警察を出た。

 ぐう、また腹が鳴った。
 ファーストフードの店に入ったが、店員がわたしに気付いてくれない。注文ができないので、あきらめて出た。
 自動販売機で茶とおにぎりを買った。
 どうしよう。このままでは、本当に失踪してしまいそうだ。
 人と話すのは好きじゃないし、交渉事は苦手だ。だから、わたしは売れない中古車セールスマン。何より、自分の売り込みがヘタだ。
 人と話さなくて良い、と割り切れば、今の状況は悪いばかりではない。
 もっと建設的に考えよう。
 ゴミ箱に空缶と空のパックを捨て、わたしは街に出た。夕暮れが近い。

 目的も無く街を歩く。
 いよいよ暗くなってきた。売れてるセールスマンなら、これからが商談タイムだったりする。
 事実上の失業者な気分は喪失感もあるが、責任が無くなった開放感もある。
 はたと見れば、高沢淳子が歩いている。
 会社とは逆方向から来た。商談の帰りだろうか、どこかでディナーでも食べたか。
 わたしは揺れる胸と振り振りの尻に見とれ、つい後を追った。行き先は、なんとかエステ。男子禁制、女の花園だった。
 でも、わたしは彼女らから気付かれない。まんまと中に入った。
 鼻をツンと刺激する臭い。でも、彼女らは気にしてない様子。アロマとか言うものか、わたしには分からない分野だ。
 サウナがあって、裸でベッドに寝てオイルマッサージへ、こうして女を磨いてたのね。
 臭いのせいか、気分が悪くなってきた。非常口から外へ逃げた。
 星の下で深呼吸すること数回、ようやく頭のクラクラが取れてきた。
 高沢淳子がエステから出てきた。わたしはまた追う。
 近くのマンションに入った。駅前の一等地に住んでいたとは、驚きだ。
 エレベーターで最上階へ。高沢の表札があるドアを開けた。
 ハイヒールを脱いで上がって、あーっ、と淳子は声を出した。がに股と猫背で奥へ進み、ソファに身を投げた。もろ、オヤジなくつろぎスタイル。
 女が解放された瞬間、と言うのか。男を気にしない姿が逆に悩ましい。
 プルルル、携帯が鳴った。開いてた股が閉じた。
「あ、パパ。来るの、これから? ああ、そんなに遅くね。じゃ、先に寝てるよ」
 誰か来るらしい。
 淳子は服を脱ぎ始めた。ブラを外して、両肩を回す。パンツ一枚にナイトガウンを羽織った。
「どうせ、飲んでるくせに。こっちも飲んじゃうよ」
 冷蔵庫からビールの小瓶を出し、ラッパ飲みした。
 立て続けに二本を飲み干し、寝室のダブルベッドへ倒れるように寝た。
 寝返りをうつと、ガウンのすそが乱れ、パンツが丸見えになった。薄い生地から、黒い茂みが数本頭を出してる。胸元が開いて、左の乳首がとび出てる。
 むらむらむら、わたしの股間が騒いだ。
 服を着ていて気付かれないなら、裸になっても気付かれないはず。
 えいやっ、と裸になった。へその下から如意棒が天に向かって反り返る。仮性包茎気味なので、まだ皮が亀頭に残っているが、手で剥いてやる。
 すでに、亀頭の先から、透明な滴が漏れ出ていた。
 ベッドを揺らして、淳子に近づいた。
 パンツに手をかけ、一気に引き抜く。えっ、と目をさましたような声を出したが、また眠った。
 広く生えてる陰毛をなで、指先を股の間へ。
 やわらかな肉と肉をかき分け、えいっ、と指を膣に突き入れた。
 はうっ、淳子が目覚めた。
 躊躇せず、もう一本。二本の指を膣の奥へ入れる。ぬるぬるの触感、温かく指を包み込む肉のひだとひだ、奥の奥で少し固いものにたどり着いた。子宮の入り口だ。
「ええっ、なによ、どうして?」
 淳子は辺りを見回し、誰かの気配を探している。
 わたしは両足の間にいて、彼女の股間を弄んでいる。尻の下にひざをこじ入れ、亀頭を膣の入り口に合わせた。
 とおっ、腰を入れると、抵抗無く入った。温かい。
 両足を抱え、股と股を密着させる。亀頭が膣の奥の固いところにぶつかった。ぐいっ、と子宮を突き上げた。
 入れる前から限界に近かったので、たちまち射精が来た。
 全部と言う全部を、膣の奥に注入した。息が切れて、淳子の上にかぶさった。
「あああ、いや、あああ」
 男に犯されているとわかるのか、淳子が涙声をあげた。
 一回くらいでは萎えず、まだまだギンギンの怒張だ。さらに腰を揺すり、子宮を叩いた。
 ギッギッギッ、ベッドが軋んで揺れた。
 会社では、声をかけるのもはばかる美人としているのだ。この数年間の思いを、子宮に向けてぶちかます。
「やめて、下手くそ、やめて」
 ヘタと言われて、止められるか。両足を抱え、180度開脚から屈曲位へ、体をふたつ折りだ。
 人付き合いがヘタだから、女との付き合いも無い。やり方がヘタと言うなら、そうなのだろう。しかし、おまえのためでなく、おれのためにやっている。おれさえ良ければ、それで良し。
 体の奥から、熱いものが湧いてきた。
 どどど、どどどっ、子宮に精をぶっかけた。
 体から力が抜ける。息を整え、腰を引いて、淳子の膣から抜いた。とろとろ、精液がもれた。
「だれ、だれかいるの? だれよ?」
 淳子は首を回し、部屋を見る。
 おまえを犯した男は目の前だ。でも、気付かない。
 わたしは、ゆっくり服を着た。淳子は股を開いたまま、呆然と上を見ている。
 ガチャ、と玄関の方で音がした。
 足音が近づいて、寝室に入ってきたのは山根店長だった。
「おまえ、何してんだ」
「さっき、金縛りみたく体が重くなって、身動きできなくて、懸命に手足を振ったら、急に体が軽くなって、動けるようになったの」
「何が金縛りだ。それは何だ!」
 山根は淳子の股間を指差した。白い精液が漏れだし、シーツにまで染みを作っていた。
「どこだ、男をどこに隠した?」
 山根はベッドの下を見て、クローゼットの戸を開き、毛布をひっくり返す。
「知らない、あたしは何も分からない」
「このスベタが!」
 山根は平手打ちを一発、さらにカーテンの裏を探した。
 おーい、わたしは二人を呼んだ。でも、気付いてくれない。
 間男は隠れても逃げてもいない。あんたと同じ部屋にいる。壁にもたれて、成り行きを見ている。
 高沢淳子の売り上げたクルマの台数は多い。しかし、かなりの数を店長からもらっている、と噂されていた。愛人してるなら、それもありだ。
 二人の痴話げんかに興味は無い。
 わたしはドアから外に出て、マンションを後にした。

 また腹がへってきた。
 24時間営業のコンビニに入った。店員が一人、レジで退屈そうだ。
 客はいない、わたしだけだ。いや、わたしは数に入らないだろう。サンドイッチとコーラを取ってみたが、どうやって会計するか悩んだ。
 おーい、と呼んでみた。やはり、店員は無反応。
 店員は、わたしの存在に気付かない。わたしが手にした商品にも気付かない。
 ドアから新しい客が入ってきて、店員はそっちを見た。
 客はレジ前へ直に来て、両手のナイフを突き付けた。客ではなく強盗だ。
 強盗もわたしに気付かない、すぐ横に立っているのに。
「レジお開けーろ、金お出せー、早くっくっ」
 強盗は変なイントネーションで要求する。
 店員がレジから現金トレーを引き抜き、テーブルに置いた。
 強盗は左手のナイフを置き、金をわしづかみでポケットに入れる。
 わたしはテーブルの上のナイフを取った。安物のカッターナイフで、百円ショップで買った物みたいだ。強盗の右手には、倍も長く大きな登山ナイフが光っている。
 ポケットがふくらんで、強盗はレジをけん制しながらドアへ向かう。
 わたしの前に強盗の尻が迫った。
 カッターの刃を半分出し、わたしは強盗の尻に突き刺した。
 ぎゃああああっ、強盗が悲鳴で倒れた。その尻にナイフが立っている。肛門か陰嚢を直撃したはずだ。
 店の外で赤色灯が光った。警察のパトカーだ。レジに通報装置があったのだ。
 強盗は警察にまかせ、わたしは店を出た。手にサンドイッチとコーラ、しめて400円と少々を万引きした。でもまあ、数千円か数万円の売り上げを守ってやったのだ。これくらいの見返りがあっても良いだろう。

 24時間開いてるサウナに入った。
 受付は、もちろん、わたしに気付かない。
 財布から深夜料金の800円を出し、受付のトレーに置いた。
 雑魚寝のフロアの隅で寝た。
 ホームレスに等しい存在になったが、割り切れば、暖かく寝床は確保できる。食事はメニューが偏りそうだけど、まあ不自由は無い。
 明日の事は、明日になってから考えよう。


第3章  気付いてくれなくても、何かできるかもしれない 


 街を歩く。
 突然、どかんと背中に衝撃が来て、わたしは倒れた。
 振り向くと、自転車が倒れていた。
「どうしたい」
「突然、前輪が止まって。何か、ぶつかったみたい」
 自転車通学の学生たちだ。
「何にぶつかるんだ。何も無いだろ」
「ブレーキかな、車軸かな。後で調べよう」
 わたしにぶつかった学生は、仲間と共に走り去った。わたしには気付かなかった。
 一人歩きは危険だ。まだ、自転車で助かった。いやいや、最近は自転車の衝突で死亡事故になるらしい。
 わたしは別の通行人と一緒に歩く事にした。知らない人に寄り添うのは苦手だけど、安全のためには必要だ。

 おや、と足を止めた。
 電柱の住所表示に見覚えがあった。
 辺りを見回して「半田洋介」の表札の家を見つけた。
 フェンスの向こうに高級車が並んでいる。ポルシェとキャデラック、そして、わたしが担当した国産車。
 商談は山根店長が強引に進めた。いやな予感がした。
 担当を押しつけられた形で、わたしがフォローする。半年ほどして、支払いが滞り始めて、やがて止まった。損金が百万円以上になり、店長と社長に詰め寄られ、わたしが自腹を切って埋めた。
 塀をまたいで、庭に入った。
 クルマを傷つけてやろうかと思ったが、こいつのことだ、またセールスの誰かが泣くかもしれない。もっと、別の事をしてやろう。
 事務所の窓が開いている。そこから中に入った。
 いやな思い出の部屋だ。大勢に囲まれ、延々一時間以上もいびられた記憶がよみがえる。
 そんな記憶をたよりに、大きな木製事務机の引き出しを見た。
 引き出しの奥の、また引き出しを開ける。銀行の帯が付いた札束があった。せっかくだから、損金の百万円を返してもらう。ついでに、延滞料として、もう百万円を取った。
 ガタ、音がした。踏みつぶしたヒキガエルのような顔の半田洋介がいた。
 手に酒瓶、口に葉巻のスタイルは昔のままだ。部屋をうかがうが、わたしには気付かない。窓を閉め、肩を揺らしながら出て行った。
 家が静かだ。今日は下っ端がいないらしい。
 半田を追うと、寝室だった。日本の家には珍しく、浴室とトイレが付いている。
 浴室から女が出てきた。愛人を呼んで、下っ端を外にやったのだ。
 ベッドのサイドテーブルから、半田は薬瓶を出した。1錠を口に入れ、酒で飲み下した。
 わたしに気付かぬまま、二人は始めた。
 女が上になり、乳房を揺らす。高沢淳子よりは小さなおっぱい。
 わたしは薬瓶を取って見た。アルファベッドの中にバイアグラと読めるところがあった。
 グラスに酒を注ぎ、瓶の薬を全部落とした。6錠ほどだ。
 ああー、あああーっ、半田が奇声を上げた。
「もう、なの。早いわよ」
「なに、これからだよ、これから」
 半田は手をのばし、グラスの酒を飲み干した。大量のバイアグラ入りだ。
「死ぬまでやってろ」
 わたしは、二人が聞こえないのを承知で毒づいた。
 寝室を出て、居間に来た。
 洋酒を並べたガラス戸棚は、全体が隠し扉になっている。開けると、銃やら刀やらの武器戸棚が現れる。ここで、銃を突き付けられた事があった。
 ゴルゴ13のM16ライフル、丸い弾倉のトンプソン、プラスチックのグロック17、日本刀に青竜刀と色々ある。
 ベレッタM93Rを取る。あの時はモデルガンだと思ってた。
 銃身をのぞき、弾倉を外して、本物と確認した。
 弾丸の箱を開け、弾を弾倉に入れる。M93Rは20発も入る、機関銃のような拳銃だ。そのおかげで、弾倉がグリップの下へはみ出てる。
 弾がいっぱいに入り、弾倉を銃に戻す。安全装置をはずして、飾ってある中国の壺を狙った。
 バシャン、壺が割れて水がはじけた。弾も本物だ。
 チェストホルダーを着け、銃を入れた。胸と肩にずしりときた。予備の弾倉にも弾を込めた。
 もうひとつ、M93Rを取り、弾倉を入れた。
 むらむらと、いたずらしたくなった。
 三点バーストにセットし、窓を撃った。バリバリとガラスが割れた。手首に痛みがきた、片手では支えきれない。
 内蔵のストックを出し、左手で銃身を支え、両手持ちで地面を狙った。
 ババハン、バババン、腰だめで撃った。地面に着弾の土煙が立った。
 発射の衝撃で、キーンと耳鳴りがきた。耳栓はしてなかった。
 銃撃に満足したので、寝室へもどった。
 うっうっうっ、半田が赤い顔で腰を振っていた。
「ね、ねえ、一休みしましょ、ねえったら」
 女が焦れてる。半田の下で苦しいのだ。
 わたしは半田の右手にM93Rを握らせた。突然、手に現れた銃に、目を白黒させている。
 わたしは寝室を出た。
 帰ろうと外を見ると、赤色灯が来てた。パトカーだ。さっきの発砲は、すでに通報されていた。
「もう、いや。かえる、帰る」
「待て、おい待て」
 寝室の声が変わった。
 バババン、三点バーストの発射音。バババン、もう一回した。
 静かになって、よろりと裸の女が寝室から出てきた。腹と足に血を浴びてる。
 外の赤色灯は数を増し、黒いヘルメットに防弾服の警官も現れた。
 わたしは玄関から出た。前の通りに人はいっぱいだが、わたしに気付く者はいない。
 振り返ると、警官が開いた玄関のドアから中をうかがっている。廊下には、血まみれの女が座り込んでいた。
 わたしは警官の横を通り、現場を離れた。
 救急車が来た。だれがケガをしたのか、知りたくもない。

 日が暮れてきた。
 コンビニでトイレを使う。ついでに弁当と茶を取った。レジの店員は、もちろんわたしに気付かない。金だけ置いて、店を出た。
 今時のコンビニは、商品と売り上げをPOSで管理している。わたしが取った分は、後で会計忘れとして処理されるだろう。金は置いて来たのだから。
 店の前で、食って飲んだ。ゴミは店のゴミ箱へ。
 コンビニ前の道路を挟んで、低い方は古い市街地出、高い方は新興の高級住宅地。
 タクシーが通り過ぎて、少し先の家の前で止まった。
 危なかった。もう少しで接触か、轢き殺されるところだ。
 家から出てきたのは、社長だ。奥さんか、女の人が見送りに出ている。
 門前まで行き、表札を見た。「大越」とある、確かに社長だ。
「行ってらっしゃい」
 奥さんは深々とおじぎ。タクシーは走り去った。
 クルマがあるのにタクシーを使うとは、酒の席へ行くのだろう。
 わたしは奥さんの背をすり抜け、家に入った。
 ガレージに二台も高級車がある。重役特権で会社から支給された物だ。よくは知らないが、会社の資産の中に幹部用住宅の項目を見た事がある。もしかしたら、この家も会社支給かも。
 六畳間ほどもある玄関ホール、天井のシャンデリア、これが御殿と言うものか。
「行ったの?」
「はい、お出かけになりました」
 階段の途中から、不機嫌そうな顔で若い女が問う。たぶん、社長の娘。写真で見た事がある。
 奥さんと思ってたが、言葉遣いが変。使用人みたいだ。
 娘は階段を上って、去った。
 奥さんは台所へ。色っぽい尻に魅せられ、つい追っかける。すぐ側に男がいるのに、まるで気付かない。
 むらむら、股間が騒ぐ。押し倒して、突っ込んで犯したい気分になった。
 ピンポーン、とドアチャイム。わたしの手をかわして、奥さんは玄関へ行く。
「こんばんわ。旦那さん、お出かけだってね」
 若い男が現れた。飾りの多い服だ。もろジゴロな感じ。
「明美さん、丈さんが来られましたよ」
 奥さんが二階に叫ぶ。おー、と返事がきた。
「あんな小娘より、おれは奥さんとしっぽりしたいな」
 ジゴロが奥さんの背後から抱きしめた。首筋に吸い付き、片手で胸をもみ、片手はスカートをめくって下着の中へ。母と娘と、両方とできてる。
「ああ、明美さんが、二階に」
「そうだね。あっちを早めにすまして、後で、ゆっくりとね」
 ジゴロの手が奥さんの胸から離れた。下着から抜いた手をかざし、その指をなめて笑った。
 奥さんはジゴロから解放されると、崩れそうな足取りで居間の長いすに倒れた。両手で顔をおおい、肩を震わした。肩に連動してピクと震える尻が、また艶っぽい。
 奥さんは後にして、二階へ上がった。
 火事か?
 わたしは、煙たさに鼻をおさえた。
 まだ目に見えるほどの煙は無い。少し開いたドアから、煙が流れて来る。
 ドアを開けると、まぶしかった。
 部屋には植木鉢が並び、温室ような体裁だ。強力な照明で背の高い草を育てている。
 草に囲まれた中に、ダブルのベッド。下着姿で社長の娘、明美が煙管をふかしていた。タバコとは違う臭いの煙に、火事かと思ってしまった。
 ジゴロはと探すと、ベッドの下で下着になっていた。同じく煙管をふかしながら、ちぎった葉を板に並べて、ライトで乾かしている。
 植物の種類が想像できた、大麻だ。
 二人はわたしに気付かず、煙管で煙をくゆらせ、乾いた葉を砕いている。
「思ったほど、良くないよ。いがらっぽいばかしでさ。あたしは、こっちの方が」
 明美はビニール袋をふくらませ、中に小瓶の液体を入れた。瓶のラベルに、シンナーとある。
 不倫、麻薬とシンナー、とんでもない崩壊家庭だ。
 山越社長は売り上げと費用対効果に厳しい人だ、会社では。それが、自分の家はボロボロ。少しばかり残っていた尊敬の念が、ガラガラと崩れていく。
「しょせんは、素人のお手製だな。お手軽なのが取り柄だ。イラン人の売人は捕まったらしい。新しい売人を見つけるまで、これでガマンするさ。次は朝鮮人を当たってみるか」
「うん、あのイラン人のは、けっこう効いたね」
 二人とも、顔がドロリと脱力してきた。
 明美の手からビニール袋を取り上げ、頭にかぶせた。中はシンナーの蒸気が満ちている。
 ひっ、ひいーっ、二度三度、足をばたつかせ、やがて痙攣して気絶した。ビニール袋を外すと、すぐ呼吸がもどった。
 はっはっはっ、大きな息つき、汗が全身から噴き出すようだ。濡れた肌が、艶っぽいと言えば艶っぽい。
「どした?」
 ジゴロが間抜けた声でベッド上をのぞく。
 その頭にも、ビニール袋をかぶせた。シンナーと酸欠空気で、たちまちジゴロの体から力が抜けた。ビニール袋を外すと、いびきをかき始めた。そのまま横にした。
 ここから、どうしてくれよう。
 三秒ほど考えて、明美を犯すと決めた。
 下着を脱がす。細い、枯れ木のような体だ。胸はアバラが浮いてる、下の毛は薄い。麻薬とシンナーで栄養失調になったか。
 わたしも服を脱いだ。すでに痛いほど怒張している。
 前戯は無し、両足を抱えて、ぐいと突き入れた。
 あっさり入った。年のわりに、やり込んでるみたいだ。
 ああああ、明美の口から夢うつつの声がもれた。がしがし腰を揺らすと、早くも高まりが来た。
 ずずず、たっぷり中出し。でも、長くつながっていたくない体だ。
 わたしは明美から離れた。
 失神した二人を捨て、服を抱えて一階に下りた。
 居間の長いすで、まだ奥さんは寝ていた。大きく肉感的な尻、わたしはこっちの方が好みだ。
 むらむらむら、股間の怒張が復活した。
 スカートに手をかけ、下着ごと下げて、足から抜いた。
「ひいっ」
 奥さんは小さく声をあげ、両手で顔をおおう。わたしをジゴロと思ったようだ。
 股の肉の合わせ目をなぞると、すでに濡れていた。前戯無用で、後ろからズブと貫いた。
 いいっいいいっ、声を出すまいとして漏れる声は、とても艶っぽい。
 わたしは腰を揺らしながら、上着に手をかけ、奥さんを丸裸にした。白い背中、細いうなじ、成熟した大人の女だ。
 娘で一度出してるから、こちらでは長持ちする。たっぷり楽しめる。
 奥さんの右足を股に挟み、左足を肩にかついだ。あまり詳しくないが、松葉と言う体位だ。
 さらに足をずらし、つながったまま奥さんの体を返して、上向きにした。
 腰を強く突き込めば、大きな乳房がゆさゆさ揺れた。好いながめだ。
 奥さんは両手で顔をおおったまま抱かれてる。気持ちはわかるので、手はそのままにした。
 どどどどっ、射精が来た。娘の時より倍も長くかけて、中へ注ぎ込んだ。
 呼吸を整え、怒張が鎮まるのを待つ。
 ぬるり、小さくなって、抜けた。奥さんの股から、白い汁が漏れ出て来た。
 頭が冷静になってきた。
 社長への復讐を妻と娘にしたのは、あまり良い事ではない。やるなら直接すべきだった、と反省をした。
 ゴト、階段の方で音がした。
 振り向くと、ジゴロがいた。
 パンツ一枚の姿で、手にナイフがある。草を刻んでいたやつだ。そのナイフの刃に血が付いてる。
 うわわーっ、ジゴロが叫んだ。
 ナイフを振り上げ、わたしの横を通って、奥さんを狙う。
 ジゴロは錯乱している。シンナーと麻薬の相乗効果か。
 きゃっ、ナイフが奥さんの腕に当たった。
 わたしはジゴロに後ろから組み付いた。
 ジゴロを後ろへ引きずり、倒れるように後ろへ投げた。バックドロップという技だ。
 ガッシャーン、窓ガラスを破って、ジゴロは庭へ落ちた。
 窓枠のガラス片にパンツがかかって、ジゴロは尻を丸出しに頭から落ち、動かなくなった。
「おかあさん」
 泣きそうな声で、裸の明美が現れた。頭と太腿の傷から血が落ちている。
 血まみれの母と娘は、抱き合って泣いた。二人の股は、わたしの精液で汚れていた。
 家の前に、黄色い回転灯のクルマが止まった。
 窓ガラスが割れた時、自動警備システムが働いたのだ。
 二人の警備員が玄関に入って来た。
 わたしは服を着て、警備員の横を通って外に出た。もちろん、わたしには気付かない。
 警備員はジゴロを見た。通信機で会社へ報告している。
 わたしは深夜の住宅街を壁づたいに歩いた。間もなく、パトカーのサイレンが響いてきた。

 
第4章  気付いてくれずとも、やはり故郷は


 プルルルル、携帯が鳴った。家からだ。
 出ると、親父の声、なつかしい。
 こちらからも応えるが、まるで向こうには聞こえてない。何度も何度も、始めの呼びかけを繰り返すばかりだ。
 あきらめて、携帯を切った。
 メールなら、と思った。けれど、親父はメールの開き方すら知らない機械オンチ。
 会社から失踪の報告が行っているかもしれない。一度帰って、なんとかして、現状を知らせるべきだろう。

 長距離バスのチケットを買い、バスに乗り込む。
 運転手は、わたしに気付かない。最後尾まで行って、席に座った。
 わたしの故郷へ行くバスだが、席はがらがら。この時期、トイレに近い席は必ず空いている。満席になるのは、盆と正月くらいだ。
 席がそこそこ埋まり、出発時刻が近づいた。
 目を閉じ、寝ようとした。
 きゃーっ、悲鳴があって、目を開けた。
 帽子を深くかぶった男が、運転席の横でわめいていた。左手にナイフ、右手には拳銃のような物を振りかざす。いわゆるバスジャックと言うやつか。
 バスの行き先が変わるのは困る。
 わたしは立ち上がり、通路を前に進んだ。
 バスジャックはわたしに気付かず、叫んでいる。声が上ずって、言葉の意味が聞き取れない。
 1メートル前まで寄って、右手の拳銃を見た。
 大型銃のデザートイーグルのようだ。よくよく見ると、プラスチック製。つまり、モデルガン。
 わたしは指でバスジャックの目を突いた。
 ひるんだところで、腹を蹴り、乗降口から落とした。たちまち数人の警備員が取り囲み、逮捕となった。
 わたしに気付かない乗客と運転手は、ただ呆然と成り行きを見ていた。バスジャックが自爆したように見えたかもしれない。
 少しばかり、出発は遅れるだろう。
 わたしは最後尾の席にもどり、目を閉じて待った。

 故郷の駅前に着いたのは夕刻だった。
 去年は帰ってないので、二年ぶりだ。店が閉じていたり、建物が無くなっていたり、少しばかり風通しが良い街並になってた。
 我が家は雑貨屋、ずいぶんくすんで見えた。
「また、売り上げ持ち出したね」
「お布施だ、しょーもない事言うな」
「あんな変な壺買ったりして。鑑定の人に見せたら、500円の値打ちも無いって」
「尊師様が念を封じた有り難い物だ、値段を付けられてたまるか」
 父と母がケンカしてた。
 おーい、と声をかけたが、応えは無い。ま、昔からだけど。
「息子が失踪しても、あの壺が役に立つわけあるの」
「尊師様とあいつは関係ねーだろ」
「肝心なところで役立たずで、どこが尊師かね」
 おーい、もう一度声をかけた。
 息子は失踪してないよ。すぐとなりにいるよ。でも気付いてくれない。
 あきらめて、自分の部屋に行った。
 金色の小さな五重の塔みたいな物がある。壺があったり、掛け軸が下がってたり、へたな彫りの仏像もどきが置いてある。物置と言うか、ゴミ箱になりかけていた。
 隅っこの机に向かい、紙と鉛筆を出した。
 そこに居るのに、なぜか気付いてもらえない現状を書いた。末尾に日付と時刻を入れる。ポケットから二百万を出して添えた。
 台所へ行って、ご飯を食べた。茶を飲んで落ち着いた。
 この家に、わたしの居場所は無い。いても、気付いてくれないのだ。
 外へ出ると、日が暮れていた。
 風呂敷包みを抱えた父が、わたし横を通り過ぎた。
 わたしは父を追った。丸まった背で、父は小さく見えた。

 父が入った家は、わたしにも記憶があった。
 そこは同じ中学の一年上、阿部正造の家だ。昔から威張りたがりで、徒党を組んで町を闊歩するワルの頭だった。
 玄関から入ると、大きめの居間に祭壇が置かれ、巫女らしき者が踊って・・・・いや、祈りらしきものを上げてている。
 その女の顔をまじまじと見た。上島綾子だ。
 彼女は高校時代の同級生、好きだった。告白して、大笑いされた。1秒でふられた。この町を離れたのは、彼女と顔を合わせたくなかったからだ。
 その好きだった女が、妖しげな宗教で踊って・・・・ではなく、巫女として祈りをあげている。
 髪を振り乱し、胸元がはだけ、裾がめくれて、太平洋戦争終結直後のストリップショーか。いや、神話にあるアメノウズメの命の踊りかもしれない。
 居間に集まった親父たち十数名は、目を血走らせて凝視している。カーテンがかかってないから、この居間は塀越しに通りから見えるのだが。
 おーい、わたしは綾子を呼んでみた。
 彼女も親父たちも、わたしに気付かない。わたしに神の御利益は来ないのか。
 わたしは祭壇の前に進み、綾子の背後に付いた。
 背中を指で突いた。
 ひっ、声を上げて、踊りが止まった。綾子は振り返り、後ろを見る。
 わたしと彼女の距離は10センチばかり。それでも、気付いてくれない。
 綾子は、また皆の方を向き、踊り始めようとした。
 わたしは、今度は尻を指で突いた。
 ひやっ、綾子は足がもつれて倒れた。
 ざわめく親父たちを、野太い声が制した。阿部正造だ、昔と同じゴリラが風邪をひいたような顔で凄みを効かせる。
「皆の信心が浅いゆえ、皆の身代わりとして、巫女は神の罰を受けた」
 阿部は休憩を宣言した。綾子を連れて奥の部屋へ行く。
 わたしも追って、奥へと行った。
「何かいるよ、絶対に何かいた」
「何もいない、ただの気のせいだ」
 綾子は怯えていたが、阿部は強気だ。
 この家のだれも、わたしに気付かない。神様すら、わたしに気付かないのか。
 電話が鳴り、年寄りが取って阿部に渡した。
「はっ、尊師。はい、今夜もやっております。人数はまあまあです。布施ですか、最近は現物が多くなりまして。はい、現金はぼちぼちと言うところです・・・・はい、勤めて、・・・・なるべく、そのようにいたします」
 阿部と綾子は、何か大きな組織の下っ端みたいだ。
「さあ、落ち着いたら、また祈祷だ。布施は現金優先、それを皆に伝えるんだ」
「うん、そうする。でも・・・・」
「でも、じゃない。さっきのは、気のせいだ」
 金が優先とは、たいした神様だ。御利益への期待が吹っ飛んだ。
 阿部は綾子の尻をたたいて、居間へと押す。その指が、尻の下から股ぐらをなでた。
 この二人はできてる。わずかに残っていた綾子への慕情が崩れ、わたしは唇を噛んだ。
 綾子は居間の祭壇前に座り、また妖しげな経をとなえ始めた。阿部が太鼓で拍子を合わせた。
 わたしは奥の部屋から酒瓶を持ち出した。
 居間にもどって、祭壇前をうろつく。阿部も綾子も、祈る親父たちも気付かない。
 ごすっ、酒瓶で阿部の頭をなぐった。
 倒れた阿部に、綾子が立ち上がる。その襟首をつかみ、ナイフで着物の背中を下まで切り下ろした。ブラとパンツも一緒に切った。
 あああ、親父たちが声をあげた。
 綾子は声も無く、床に着物が落ちるを見た。
 ナイフを捨て、股間に後ろから指を突っ込んだ。
 綾子は祭壇で前のめり体を支え、かろうじて倒れまいとする。
 わたしはズボンをおろし、濡れた股の肉へ怒張を突き入れた。親父たちからは、股間が丸見えのはずだ。
 あの時、大笑いした罰だ。今、親父たちをだました罰だ。
 いいいっ、綾子が声を出して背を反らす。
 腹の底から熱いものが上がってきた。
 どどどどっ、綾子の中に精を注ぎ込んだ。息を整え、ゆっくりと離れた。
 ズボンをはき直すと、外が騒がしい。この居間が通りから見える事を思い出した。
 綾子が振り向くと、親父たちがかぶり付きで寄ってきていた。隠すのも忘れ、親父たちの視線に脅えるばかりだ。股間から、ポタリと精液が落ちた。
 がららっ、玄関戸が開いた。
「警察です。いったい何をしてるのですか!」
 綾子のストリップショーは通報されていた。
 阿部と綾子、居間にいた親父たちは全員が検挙された。
 わたしも居間にいたのに、警察は気付かなかった。 
 一人とり残され、わたしは電話機を見た。電話帳のノートに、教団本部があった。
 罪が無くは無いが、純真でもなく不純な動機がありありの親父たちだが、だまして金をむしり取るエセ宗教へは怒りがわいた。尊師と呼ばれていたヤツの顔が見たくなった。

 人がいなくなった阿部の家で一夜を過ごした。
 明るくなって、わたしは教団の本部を目指した。
 近道をすると、不思議な窓の無い家に行き当たった。これは噂に聞く小和田組の事務所、いわゆるヤクザの巣窟だ。
 それを越えた向こうに金色の塔が見えた。あちらが教団の本部だ。
 どうせ気付く人は無いし、わたしは直線で行く事にした。
 小和田組の中に入る、何やら騒然としていた。
「阿部がパクられた」
「綾子まで一緒だ」
 耳を疑った。関係無いはずのヤクザ屋さんで、昨日の事件が語られている。まるで身内の事みたいな言い方だ。
「あわてるない。まあ、そろそろ潮時かもしれん。おまえらも、その心づもりでな」
 組長と思われる年寄りが言った。
「尊師が呼んでます」
「わしは行かん。佐竹、行ってこい」
 組長が若いのに命じた。佐竹と聞いて、阿部と連んでワルをやってたやつと思い出した。
 佐竹は数名を連れて行く。やはり、小和田組は教団とグルだった。
 わたしは佐竹を追った。他の者も合わせて、誰もわたしに気付かない。

 小和田組の面々は、裏口から教団の本部に入った。
 建物の中は臭かった。
 ハーブと言うのか、何かわからない芳香剤の臭いがあふれてる。
 佐竹を含む小和田組の面々が、信者の列を割り、大広間の中央に座った。
 大広間の奥、壇上の真ん中にいるのが教祖様らしい。のばし放題なヒゲとボサボサの髪、太って歩くのも辛そうなほど腹が出ている。
 教祖様の後ろの壁には、何かの像が飾ってある。素人目にも雑な彫り物で、神々しくはない。
「組長を呼んだはずだ」
「持病のリューマチが出てしまいました、ご容赦を」
「信心が足りぬからだ」
 教祖は語らず、右に立つ高僧らしき人が佐竹と会話した。
 広間には大勢いるのに、一人もわたしに気付かない。誰か神通力で気付いてくれないものか。
「阿部が信仰を捨てようとしている。ポアせよ」
 高僧が言った。佐竹は首を振った。
「おまえが行い、信心を深めてみせよ」
「きたない仕事は、いつも俺らかい。たまには、あんたらが直接やれや」
「不信心者めが」
 高僧が刀を抜いた。佐竹は懐から拳銃を出した。
 大広間は一瞬ざわつき、また凍り付いた。
「その銃はの、使えぬぞ。我が神通力の威力を見や、そりゃ」
 教祖が初めて口を開いた。意外と軽薄な口調だ。
 佐竹は教祖に銃を向け、引き金を絞った。ガキッ、変な音がして、弾が出ない。
 おおーっ、広間の信者たちの歓声だ。
 たいしたものだ。わたしは思いながら、自分の懐にも銃があるのに気付いた。佐竹のすぐ横にいるし、こちらも使えないのか、試してみたくなった。
 ベレッタM93Rの安全装置を外し、三点バーストにセット、ストックを出して両手で構えた。
 教祖の頭を狙い・・・・少し下げて腹へ、やっぱり足を狙う。
 バババン、こっちは撃てた。
 教祖の右足がもげて、血が噴いた。
 バババン、もう一度撃った。神様もわたしに気付かなかった訳だ。
 教祖は両足を血まみれにして、壇上で倒れた。高僧は刀を放り出し、他の信者たちは逃げた。信心の足りないやつらだ。
 佐竹はと言うと、耳元で突然起きた三点バーストの衝撃で、失神して泡を噴いていた。
 おまけで、後ろの神像を撃った。首がもげて落ちた。白い破片が舞う、発砲スチロールの像だったみたいだ。
 撃つのもばからしくなり、佐竹の銃を取って見た。
 ベレッタM92Fだ。M93の兄弟関係にある拳銃だった。
 弾倉を抜いた。銃の中を見ると弾が入ってない。弾倉のトップで弾がななめになっていた。これでは撃てないのも当たり前。弾を弾倉に入れ直し、銃にもどすと、バンと普通に撃てた。祭壇の花瓶が砕けて水が飛び散った。
 銃を佐竹の手に返し、刀を捨てた高僧を追った。
 神像の裏の部屋で、彼は大きな金庫を開けていた。わたしに気付かないので、後頭部を銃でなぐって倒した。
 金庫の中は、やはり金だ。封のされた新札の束があれば、よれよれの古い札もある。わたしは新札の束をふたつポケットに入れた。
 教団の建物を出て、振り返って見れば、朱と金色の看板が安っぽい。
 パトカーのサイレンが近づいて来た。


第5章  気付いてくれなくても 


 数日ぶりに店へ出てみた。
 やはり、わたしに気付く人は無い。
 山根店長は元気に怒鳴り声を上げ、高沢女史は大きな尻を振って歩いている。わたし一人がいなくなったところで、店の営業に影響は無い。
 公園のベンチで、無気力に景色を見た。
 幼児がボールで遊んでいる。
 純真無垢な子供なら、わたしに気付くだろうか。
 立ち上がり、幼児に近づいた。転がってきたボールを蹴返した。
 幼児はボールを取ると、背を向けて母の方へ行く。
 やはり、わたしに気付かない。
 公園のトイレに入り、手洗いの鏡を見た。
 直になら、自分の手や足は見えるけれど、顔は見られない。
 今、どんな顔をしてるのか、全くわからない。鏡には体も顔も映らない。
 トイレを出て、空の雲を見た。
 ふっ、とため息をつく。

 自動販売機で缶コーヒーを買った。
 電信柱にもたれて飲んでいると、やかましい音の一団が近づいて来た。
 改造バイクの群れだ。クラッチを切り、空ぶかしで音を上げ、ゆるゆると蛇行して来る。速度は歩くくらいだ。
 音を出す側には気持ちよいのだろうが、端で聞く側には迷惑なだけ。
 わたしはベレッタを出して構えた。慎重にタンクとエンジンのつなぎ目を狙った。
 ボン、と先頭のバイクが火を噴いて転倒した。
 後続のバイクが止まる。そこを狙う。
 ババン、命中して小さな爆発が起きた。道路にバイクが転がる。
 所詮、バイクの燃料タンクは小さい。ガソリンが漏れても量は少なく、アスファルトが数メートル溶けるだけだ。
 わたしはベレッタを掲げ、ライダーたちに手を振った。でも、だれも気付かない。
 銃声すら、バイクの空ぶかしに消されていた。
 白バイが来て、パトカーも現れた。
 わたしはベレッタをしまい、騒乱の現場を離れた。

 日が暮れてきた。
 ふところから、またベレッタを出した。
 銃口を自分の頭に付けた。死体になれば、だれか気付いてくれるかもしれない。
 5秒ばかり考えて、ベレッタをしまった。
 とぼとぼ歩く。腹がへった。
 店に入っても、注文できない。金はあるのに、食べるところに不自由する。
 身震いがした、気温が下がってきている。
 結局、わたしは自分のアパートにもどった。
 家賃は払ってあるから、今月いっぱいは権利があるはずだ。電気ガス水道は銀行引き落とし、問題は無い。
 湯を沸かし、買い置きのカップラーメンを食べた。
 布団の上に寝て、漠然と天井を見た。
 このまま、明日になれば、また人から気付いてもらえるだろうか。
 たわいない希望を胸に、わたしは眠りに落ちた。



 
  
                                

< おわり >