スクエア・エニックス
FINAL FANTASY Xより

すべてを超えし者



 スピラ大陸の北部、ナギ平原がある。
 大召喚師ガンドフが究極召喚を得て、シンを倒した地である。大地は裂けて深い谷となり、平地にも爆発の跡のような凹地が多数ある。
 そんな平原の隅に、討伐隊の訓練場があった。
「すごいものだ」
 アーロンは傷ついた片目をゆがめて、巨大なモンスターを見上げた。巨鳥ズーは倒すのもやっかいなモンスター、それが檻の中にいるだけでも驚きである。となりの檻には、聖獣エフレイエがうずくまっている。
「伝説のガードにほめていただけると、光栄に思います」
 ヒラタは訓練場の管理者として礼を言った。
 ブラスカのナギ節が来た時、訓練場は一時解散している。シンが復活して、再開の運びとなった。以来、ヒラタアキヒコは管理者となり、訓練に供するモンスターの飼育を行なってきた。半年前に召喚師ズークが参加してからは、モンスターの飼育にエボンの支援が得られるようになった。旅の導師メイチェンも貴重な情報をもたらしてくれる。
「シンのコケラだ!」
 ワッカが驚いて大声を出した。
 キーリカ寺院への階段の途中に現われたモンスター、グノウが甲羅を閉じて眠っていた。シンがキーリカを離れて、ほっとひと安心した時だったから、誰もがあわてたもの。
 シンの巨大な体は、はがれるように落ちることがある。それはただちにモンスターへと変化する。その変化したモンスターを『シンのコケラ』と呼ぶ。討伐隊はシンと何度も戦ううちに、シンがコケラを回収するように追う性質を見つけた。シンをジョゼの海岸へ誘う作戦は、捕獲したコケラを囮にしたものだ。
「シンが、ここへ来る?」
 ユウナが顔をこわばらせた。ビサイドを旅立ってから、ポルト・キーリカとジョゼ海岸で、シンの猛威を目のあたりにした恐怖がよみがえる。
「こいつらは、ここで造って育てた。シンの一部ではない。だから、シンは来ない」
 ヒラタがニッと笑って振り向く。左目をかくす黒い眼帯は、その周囲の深い傷痕までは隠せていない。ヒラタアキヒコを、討伐隊の者たちは畏敬をこめて『怪獣博士』と呼ぶ。
「そう、わたしが造ったのだよ。ほんの一部だが、シンの体を再現できたわけだ。うまくいけば、シンが復活する理由も解明できるかもしれない。そこから逆算して、復活を阻む方法を見つけられるかもしれない」
 むうう、ワッカが口を一文字に結んで、しかし、目はカッと見開いている。シンと戦って死んだ弟、チャップへの念いが唇を震わせた。
「訓練、対コケラ戦闘を始めます」
 場内にアナウンスが流れた。
「若いもんは元気があってよろしい。さあ、わしらも見物しましょう」
 メイチェンが誘った。
 奥の闘技場に引き出された巨大なモンスターはギイ、ジョゼ海岸で戦ったものと同種のコケラだ。左右の腕は固く、ちぎれても復活する性質がある。討伐隊の精鋭たちが、多数で囲んで陣形を作った。
「力づくで戦って、シンに勝てるとは思えんな。所詮、コケラはシンではない」
 アーロンが低い声で言った。聞いてくれる、と期待してないような言い方だ。
「最初は難しいとわかっている、突破口は常に小さいものだ。それを見つけて広げていけば、必ずや究極召喚とは違う別の道を築けるだろう」
 ぐっ、ヒラタが拳を上げて言った。
 究極召喚とは別の道、それはエボンが示す唯一の道と違う道だ。エボンに虐げられてきたアルベド族の娘、リュックが求めてやまない道でもある。
「わたしたちは、わたしたちの道を探します」
 ユウナが毅然と言った。
「道はひとつではないはずだ。互いに、努力しよう」
 ヒラタは首肯いた。目前の召喚師は若い女、究極召喚を会得できるほど修業を積んだとは、まだまだ思えない。自分のほうが先を行ってる、そんな自負があった。
 訓練場を背にして、ユウナは視線を上げた。
 白い雪を冠にするガガゼトの峰がそびえていた。
 旅する召喚師を惑わすのがナギ平原なら、召喚師に最期の試練を課すのがガガゼトの峰と聞いていた。
 道はひとつではないはず・・・・・ヒラタの言葉が耳の奥でこだましていた。


 雪の中に人の記憶を留めるスフィアが落ちていた。
「・・・・ユウナ・・・・幸せかい・・・・」
 途切れとぎれに、召喚師ブラスカの言葉がよみがえった。
 死を覚悟した男が、最愛の娘へ伝えようとしたものは、何とも不器用でたわいない、ありふれた言葉のら列。最後には自ら首を振って、あきらめるように記録を止めた。
 これが最期の試練、10年前に死んだ父の遺言が試練だった。ユウナはじっと聞きながら、あふれそうになる涙と慟哭をおさえた。
 若き召喚師はガガゼトの峰を越えた。


 ついに一行は聖地ザナルカンドに着いた。
 そして、ユウナレスカが明かした究極召喚の実態は、ユウナには受け入れられるものではなかった。
「わたしには選べない、誰もわたしの祈り子にはできない。父が歩んだ道を追ってきたけれど、この先、父と同じ道は進めない。わたしは、わたしの道を探して進む!」
 ガードたちはユウナの決断を支持した。
「ユウナは自分が行きたいところへ行け、ガードはいつでも側にいる!」
 いつものようにティーダが叫んで言う。キマリは黙してユウナの前を護って立った。


 父であり大召喚師であるブラスカと違う道・・・・
 ユウナは目を遠い空に向けてつぶやいた。
 雲をつかむような話だ、究極召喚を使わずにシンと戦うとは。ジョゼ海岸の惨劇を見て、究極召喚こそシンと戦うすべと納得したはずだった。
 けれど、頼りとした究極召喚は単なる気休めで、シンが復活する種でもあった。エボンの教えは、召喚師が命がけで旅をするもっとも肝心なところで矛盾し、破綻していた。究極召喚を使うかぎり、シンは常に復活するのだ。
 違う道を求めて、またスピラをめぐった。
 同じく究極召喚とは別の道を探す者たちの事を思い出し、ふたたびナギ平原へとやって来た。


「なんとした事だ!」
 アーロンが訓練場の変わりように声をあげた。
 どの檻も死骸ばかり。空の檻も、よく見ればわずかにモンスターの残骸があった。これでは対モンスター戦闘の訓練はできそうにない。
「実験は順調だ、用の無くなったものは補充する意味が無い」
 ヒラタが静かに言う。
「実験?」
 ユウナは眉をひそめた。いやな予感がした。
「そう、実験だ。わたしは今、エボンの秘儀に肉薄している。生身の人間から魂を抜いて祈り子とし、祈り子を媒介として召喚獣をあやつる術すら再現できた。も早、秘儀はエボンだけのものではない」
 ヒラタは奥の間で魔法陣を作っていた。ひとつだけではない、いくつもある。召喚師が召喚獣を呼び出す時、一瞬だけ現われる魔法陣が形をもって作られている。
「寺院の祈り子様にたよらないで、召喚獣を使えるようになるのですか?」
 ユウナの問いに、ヒラタは首を振った。
「まだ通過点にすぎない。わたしは実験を通じて、シンは召喚されたものと確信した。つまり、シンも召喚獣なのだ。召喚獣であれば、召喚師を滅ぼさねば意味が無い。召喚師はどこにいる? それが問題だ!」
 シンは召喚獣、それはザナルカンドでユウナレスカが語った事と一致する。ヒラタはシンの正体に迫っていた。
「召喚師を失った召喚獣が、別の召喚師に乗っ取られる現象も確認した。究極召喚を行なうと、召喚師は絶命するらしい。シンを滅ぼした後、究極召喚はどこへ行く? シンを召喚した召喚師が究極召喚を乗っ取るとすれば、究極召喚こそが、実はシンそのものではないのか?」
 どきどき、ユウナは胸が騒ぐ。はたして、ヒラタはどこまで真実に迫ったか? ここまで聞いたかぎり、すべてユウナたちが旅の中で知り得た事実と一致していた。
「シンを召喚しているのは、エボンだ! エボンがシンを召喚して、唯一の対抗策として究極召喚を人々に言いふらし、究極召喚を使ってシンを世代交替させているのだ。エボンこそ、敵だ!」
 ヒラタは拳をあげて言った。討伐隊の兵たちが呼応して拳をあげた。
「シンをあやつる召喚師を滅ぼす事こそ、シンの恐怖を滅ぼす事である。すなわち、エボンを滅ぼせ!」
 えっ? ユウナは言葉につまった。エボンの寺院と教えは、スピラの隅々まで行き渡っている。エボンを滅ぼすとは、スピラに生きるすべての人々を敵にする事、とも聞こえる。このまま討伐隊が打倒エボンの戦いを起こせば、千年前にベベルとザナルカンドが起こした機械戦争の二の舞だ。
「それも、ひとつの方法かもしれない。だが、エボン全体を敵とするならば、数に劣る討伐隊に勝ち目は無いだろうな」
 アーロンがあごをなでながら言った。判断の正誤でも事の善悪でもなく、勝ち目の有無でヒラタの言に異論をはさむ。
「さすが伝説のガード、冷静な助言をありがとうございます。しかし、ご心配は無用。我々は、すでに究極召喚以上の力を得ております」
 アーロンが目をむいた。まさか、とユウナも息をのむ。
「さあ、最後の実験を始めよう。これこそ、すべてを超える力だ!」
 ヒラタが最も奥の魔法陣へと歩を進めた。他のどれよりも大きく、複雑な図形の魔法陣だ。
「それは、召喚獣を呼ぶものでは?」
 ユウナの問いに、ヒラタは笑みで答えた。
「召喚するのではなく、わたし自身が変化するのですよ。さあ、ご覧あれ。今こそ、わたしはすべてを超える!」
 どおおおん、どおおおおん、空気が震え、訓練場をささえる大地が揺れた。
 ヒラタの足元の魔法陣が光る。
 風が起こり、竜巻となってヒラタを包んだ。
「これもエボンの秘儀だ!」
 ティーダが看破した。ユウナも即座に同意できた。かつてシーモアが自身を変化させたように、今度はヒラタがエボンと同じ秘儀で変身しようとしていた。
 だが、ユウナは考えた。外見は温厚だったシーモアですら、変身後は破壊と殺戮のマシーンと化して、ついにはガガゼトの御山でロンゾの一族を虐殺した。ヒラタが変身してエボンを滅ぼして、それで終わるのか? 止められるのか?
「待って、それはダメよっ!」
 ユウナは叫んだ。が、もうヒラタには届かなかった。
 どどどどど・・・・
 背丈はゆうに三階建ての家を超えるほど、巨大な影が立ち上がった。
 やったあ、ばんざーい、討伐隊の兵たちが歓喜の声をあげる。と、その声は、すぐ恐怖の絶叫に変わった。
 ずずん、ずずん、かつてヒラタだったモンスターは、仲間であるはずの兵たちを踏み潰し、蹴散らした。遠い北の地に、ジョゼ海岸の惨劇がよみがえった。
 どかーん、モンスターは壁を破り、魔法陣の間から外へ出た。
「やっぱり、シーモアと同じだ。敵も味方も無く、ただぶっ壊すだけだ!」
 ティーダの指摘は悲鳴にかき消されて、すぐ横にいるユウナにも聞き取れない。
 闘技場を壊して、モンスターは吊橋へと向かう。その先はナギ平原だ。
「まるで、シンみたいじゃねえか、冗談きついぜ!」
 ワッカが追いながらわめいた。少し小さいけれど、通り道にある物をすべて破壊してゆく様はシンそのものだ。
「止めなくちゃ! みんな、力を!」
 おうっ、ユウナの声にティーダが応えた。アーロンは先に走っていた。キマリはユウナの後ろを護って動いてない。
「とあっ、グラビデ・テンプテーション!」
 どどどどどどっ、ルールーの重力魔法がモンスターの足を止めた。
「今だ! くらえっ、オーラカリール!」
 バコーン、ワッカのボールがモンスターの頭部を直撃、すこし足がよろけたように見えた。
 吊橋の直前、アーロンとティーダが追いついて、モンスターの足元に攻めた。
「おらおらおらあっ!」
 チャージアンドアサルトで足を打つが、モンスターは進み続け、ついに吊橋の上に踏み込んだ。
「くそうっ、てんで効かねえっ!」
 ティーダが悔しがる。アーロンはモンスターから目を放し、揺れてきしむ吊橋を見た。
「直接たたいてもキリが無い、こいつを落とすぞ!」
 ガーン、アーロンの村正がケーブルの根元を打った。ぐらぐらぐら、吊橋が揺れた。
「いけえっ、サンダーボルト!」
 ババンババン、リュックの手榴弾がモンスターの足元で炸裂した。
 ばきばきばき、吊橋が崩れた。モンスターの重みと爆発の衝撃に、ケーブルがちぎれて、モンスターもろとも谷底へ落ちた。
 どどどど、火炎と土煙がまき上がり、モンスターは崩れる土砂に埋まって動かなくなった。
「やったか・・・・な?」
「いや、すぐに復活する。今のうちに、次の手を考えないとな」
「あんなバケモノ、どうすんだよ?」
 崖のふちに立ち、谷底を見下ろす。吹き上がる風に、リュックがよろけた。
 どしん、どしん、足に小さな地響きを感じる、モンスターが土の下で暴れているかのようだ。
 ユウナとキマリがやって来た。
 少し青ざめた顔のユウナは、静かにワイズロッドをかまえた。誰もが追撃の魔法をしかける、と思っていた。
 ロッドが振られ、ユウナが踊りはじめた。それは、異界送りの舞だった。
「ヒラタは生者ではありません。だから、これが一番良い方法のはずです」
 ユウナの言葉に、すぐ皆が納得できた。同じエボンの秘儀で変身したシーモアが、その時に死人であったからだ。
 時折、異界送りに抵抗する死者もいる。強い怨念や悔いを残した者たちだ。異界送りを舞いながら、ユウナは死者を説得しなければならない。あなたは死んだ、死を受け入れて・・・・と。
 パッ、谷底に光があふれた。モンスターは巨体ゆえに、幻光も膨大だ。
 ヒラタアキヒコは自れの死を知り、ユウナの異界送りを受け入れた。
 谷底からわき上がる幻光の中に、人にもどったヒラタの姿が見えた。そして、ヒラタの人生の断片も垣間見えた。

 ヒラタアキヒコはミヘン街道に近い港町に生まれ育った。両親の店を手伝い、妻をめとり、子宝にも恵まれた。バージ島の寺院へ向かう参拝客相手の連絡船が頻繁に出入りする、そんな栄えた港だったから、生活に困る事は無かった。
 シンが襲ってきた。町は滅び、両親も妻も死んだ。
 生き残った息子たちと討伐隊に志願した。後方の補給部隊で働いていたが、暴れるシンの足の下に、息子たちは肉片も見分けられない死骸と化した。
 たった一人で生き残り、とほうにくれていた時、ブラスカのナギ節が始まった。
 仲間と一時だけ祝い酒をあおり、その後に、すくいがたい孤独と絶望が全身を縛った。水を飲むことも、息をするのも苦しくなって・・・・ヒラタの心は死んだ。
 スピラを放浪して、ナギ平原の谷底へ身を投げて、ようやく肉体も死んだ。だだ、谷のように深い悔いとシンへの憎しみだけが現世に残った。

 おおおっ、ワッカがひざを折って泣いた。
「そうか、おまえもかよ・・・・」
 鍛えぬいた筋肉の大男も、両親と弟を、肉親のすべてをシンに殺されていた。いくら体を鍛えても、シンへの仇討ちができない苛立ちに身を震わせてきた。だが、ワッカが進んできた道と違う、もうひとつの道を探った男がいたのだ。
「おれもなろう! おれが変身すれば、こんな谷に落ちたくらいで動けなくなったりはしない。この体ならば、ヒラタより悠かに強いモンスターになれるはずだ!」
 むきっむきっ、ワッカは右手をあげて力こぶをつくってみた。細身な研究者だったヒラタの10倍以上の腕力があるはず、幼い頃からブリッツボールで鍛えた体を今こそ役立てる時だ。
「だめね。あんたじゃ、いよいよ制御不能のモンスターになるだけ。必要なのは強い精神、変身後も人としての判断力を保てる心の強さよ」
 ルールーが首を振ってワッカをたしなめた。その目が妖しく光る。言外に、適任者は自分と言っている。
 女魔導師もまた、シンによって肉親を失い、師を失っていた。仇討ちを忘れて結婚しようとした矢先に、婚約者を失った。悔いと恨みなら誰よりも深い、と自負もあった。それを外に出さないよう努めているのは、妹同然のユウナのガードをするためだ。もしも、直接シンを討てる方法があるならば、まっ先に飛び付きたい、そう思ってきた。
「だめだよ、絶対にだめっ!」
 ユウナが叫んだ。
 誰もわたしの祈り子にしない! と、ザナルカンドでユウナレスカへ言った。あの時、まっ先に祈り子へ立候補したルールーとワッカ。またしても、二人は生け贄ともいうべきモンスターへの変身を希望した。姉であり兄であるルールーとワッカは、ユウナの意志を理解してくれたと思っていた。でも、今度の件では、二人はユウナの意志と関係無くシンと戦う力を得ようとしている。
 なんとしても止めなければ、とユウナは思ったが、感情が高ぶって言葉がつむげない。顔を紅潮させてダメダメと首を振るさまは、まるで幼児のしぐさだ。
「ユウナは正しい!」
 キマリが胸をはって断定した。寡黙な者が口を開いたから、つい三人とも黙ってしまった。
「おそらく、シンを滅ぼすもっとも簡単な方法を、ヒラタは見つけたのだろう。だが、シンを滅ぼした後で、もっと恐ろしい事が起きる。シンよりも強い怪物が数限りなく現われて、スピラを本当に滅ぼしてしまう!」
 まさか? ユウナが一番驚いていた。二人を止めようする事ばかりが頭にあって、スピラが滅びるなんて考えてなかった。
 ルールーもワッカも反論できない。ヒラタが解きあかした方法なら、長く苦しいザナルカンドまでの旅が必要無く、一人の贄だけで大きな力が手に入る。修業無しとなれば、誰でもやりたがるだろう。シンを滅ぼした後、今度はエボンにかわってスピラを支配しようとしても、それは当然の流れ。理性ある者ばかりとは限らない、シーモアのように破壊と殺戮の誘惑にかられる者がなれば・・・・
「やっぱり、やばいかも・・・・・」
 ううむ、ワッカは腕を組んで考え込む。
「エボンもそう考えて、秘儀としたのだろう。こういう事に限らず、エボンは隠し事が多い。教義は正しく次の世代に伝わらず、権力と支配ばかりが、ふくらんで歪んでいる」
 アーロンが吐き捨てた。かつて寺院の僧兵だった彼は、エボンの実態に気付いていたから、召喚師のガードとなって寺院を出のだ。
「シンは憎い?」
 ユウナが小声で問うた。
「もちろん!」
 ルールーとワッカが即断で答えた。
「わたしは違うよ・・・・」
 目をふせて、いよいよユウナの声は小さく、聞き取るのがやっと。なぜ、と聞き質そうとして、ティーダも自分に思い当る部分に気付いた。
 シンの正体が究極召喚であるなら、今のシンは愛しい父が召喚したもの。であれば、ユウナにはシン憎むことができない。ヒラタが言ったように、真に憎むべきは究極召喚を乗っ取った何者かである。
 ユウナ・・・幸せかい・・・・
 スフィアに残された父の言葉が、またユウナの胸を締め付けた。
 過去の召喚師たちは、ルールーやワッカと同じようにシンを憎んで戦った。ガードを祈り子にした時、はげしい後悔もしただろう。でも、ユウナは違う。憎しみでもない、悔いでもない、まったく別の心でシンに挑むのだ。


 オーンオオーン、空の彼方から雷鳴のような火山の噴火のような音が響いてきた。
「シン!」
 ワッカが身をこわばらせた。破壊された訓練場の後かたづけをしていた兵たちも、おろおろと顔を見合わせた。ここをシンが襲う、その恐怖に足がすくんでいる。
「けっ、また泣いてやがる、悲しそうな声でさ」
 ティーダが首を振った。
「ほら、また泣くぞ、すぐ泣くぞ、さあ泣くぞ」
 身振り手振りよろしく、ティーダがシンを挑発するかのよう。こんな所から、姿も見えぬシンに挑発も無いが。
「そんな事を言ったら、ジェクトさんがかわいそうだよ」
 ユウナがたしなめた。ティーダのしぐさは、かつてのジェクトを模したものだったからだ。
「あんな図体してさ、かわいそう? そんな資格、あいつには無いっス!」
 シンの正体がブラスカの究極召喚であれば、あの声は変わり果てたジェクトの声なのだ。それを息子がからかう、父母を敬えと教えるエボンの民には理解し難い行動だ。
「とにかく、もうだめだよ」
 ユウナの念押しに、ティーダはしぶしぶ同意した。
 空へ振り向き、ユウナも声の意味を理解した。
「そうだね、シンも泣いているんだ」
 寺院で見習い召喚師になる時、重ねて言われた事があった。祈り子は召喚師の心を写す鏡である、と。心が憎しみにかられていれば、祈り子は憎しみを写して返す。恐怖にかられていれば、恐怖を写して返してくる、と忠告をうけてから祈り子の間へ入った。シンの姿を見て人は恐怖するから、その恐怖をシンは写して返す。とするならば、シンが破壊を繰り返す理由もつく。
「これが、正しい道だよ!」
 ユウナは確信した。
 憎しみと後悔が織りなすら旋を断ち切って立ち向かえば、シンとの戦いは極小化できる。シンを助けるために、シンをあやつる者を滅ぼすのだ。
「あのシンを見て、恐がるからダメってか。難しいなあ・・・・」
 またワッカが顔をしかめた。
「子守のヘタなあんたには、特に難しそうね」
 ルールーが口元をゆがめてイヤミをもらした。
「キマリほどじゃない!」
 ワッカが手を振り上げて弁明した。もっとも、そういうところが、子守り下手と言われる所以なのだ。ムッ、キマリは沈黙したまま視線でワッカに抗議していた。
 アーロンは眼鏡をなおし、若者たちの上の空を見上げた。
「無限の可能性・・・・・本当にあったんだな」
 無限の可能性、それはかつてアーロンが友へ言った事。でも、彼は見つけられなかった。彼は挫折し、自分を忌避した。今、ユウナが、ティーダが、それを現実のものにしようとしている。
 空の彼方に、友と師の笑みが見えた気がした。




<終わり>




後書き

モンスター訓練場は、ゲーム中ではクリアの必要が無い純粋なやり込みイベントです。それをなんとかストーリーにからむ物にしよう、そう思って数年がかかりましたね。

ヒラタアキヒコ
名前は、東宝映画でおなじみの、あのお方から拝借しております。合掌。


2005.6.28
OOTAU1