ルベーグは激怒した。必ず、新しい積分を作らねばならぬと決意した。いまのルベーグにはその方法がわからぬ。ルベーグは、フランスの学者である。図表を描き、数と遊んで暮して来た。けれども積分に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明ルベーグは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此(こ)のゲッティンゲンの市にやって来た。ルベーグには父も、ツンデレ姉も無い。ショタ弟も無い。微分可能ではあるが、導関数がリーマンの意味で積分可能ではない関数妹との二人暮しだ。
この関数妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、不定積分(はなむこ)として迎える事になっていた。積分式も間近かなのである。ルベーグは、それゆえ、関数妹の衣裳やら積分の材料やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。
ルベーグには竹馬の友があった。ベルンハルト・リーマンである。今は此のゲッティンゲンの市で、積分をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにルベーグは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきなルベーグも、だんだん不安になって来た。路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が積分を計算して、まちは賑やかであった筈(はず)だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いてヴォルテラ老爺(ろうや)に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。ヴォルテラ老爺は答えなかった。メロスは両手でヴォルテラ老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「リーマン積分では、全ての関数の不定積分は計算できません。」