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北海道経済 連載記事

2017年8月号

第89回 「共謀罪」 これだけの問題点

国民注視のなか、「共謀罪」を含む組織犯罪防止法の改正案が国会で可決された。3月号のこのコーナーに続き、この法律の問題点に注目する。(聞き手=本誌編集部)

いわゆる「共謀罪」を含む組織犯罪防止法改正案については、国会で本格的な議論が行われていません。参議院では委員会採決を省略し、本会議での中間報告後にすぐ採決するという異例の方式がとられました。与党は森友学園や加計学園の疑惑が都議選に影響を及ぼす前に決着をつけたかったのでしょう。

3月号でも述べた通り、共謀罪の最大の問題は、思っただけ、計画を立てただけで処罰される恐れがあるということです。日本の刑法では従来、実際に犯罪を実行した場合に処罰するのが基本で、一部の罪について犯罪の実行への着手(未遂)の段階でも処罰の対象にしていました。共謀罪では、資金や物品の手配、場所の下見などの準備行為や、頭の中で犯罪計画を共有するだけで処罰されるため、刑事罰の基本的な考え方が変わります。

もう一つの問題は、法律の条文に曖昧な点が多いということです。たとえば一般人が処罰の対象になるのかをめぐって、法務大臣や官僚の国会答弁は一貫していませんでした。刑法には「罪刑法定主義」という大原則もあり、どんな行為が罪になるのかを事前に明確に決めておかなくてはならないのですが、共謀罪はこの原則から逸脱しています。

国会では安倍総理が、共謀罪法案が通らなければ国際組織犯罪防止条約を批准(条約を遵守するとの国家としての意思表示、条約の国内実施のため必要があれば立法措置をとる)できず、「東京五輪・パラ五輪を開催できないと言っても過言ではありません」とまで言いました。しかし、国際組織犯罪防止条約は物質的利益目的とした重大な犯罪や、資金洗浄、公務員の腐敗を念頭に置いており、テロ対策が主な目的ではありません。野党議員や法律の専門家は共謀罪を新設しなくても条約を批准できると指摘しています。これらの疑問に、与党や法務省が十分に答えていません。そもそも、五輪誘致の段階では、誘致のために「国際組織犯罪防止条約を批准して国内実施するための立法措置として共謀罪の新設が必要」などとは誰も言っていませんでした。人権侵害のおそれのある立法措置が必要で、しかも施設の整備などに兆単位のお金が必要になることが明らかになっていれば、国民の多くは誘致に反対したでしょう。

昔の刑法によれば、祖父母や父母の殺人(尊属殺人)はそれ以外の殺人より法定刑が重かったのですが、ある殺人事件をめぐる裁判の弁護人がこの規定は法の下の平等を定めた憲法に違反し無効と主張して最高裁判所の判決で認められ、その後刑法からは尊属殺人に関する条文が削除されました。いずれ共謀罪に問われて起訴された刑事裁判において、弁護人は憲法違反を理由に共謀罪規定の無効を主張することになるでしょう。

しかし、裁判官はいつの時代も政府寄りであり、違憲判決はおろか無罪判決も一度も書かずに退官する裁判官もいます。共謀罪は安倍総理の見解では条約の批准、テロ対策のための立法措置の側面があり、政治的な意味合いが濃厚です。共謀罪は違憲無効と判断することは、尊属殺人罪の違憲判断に比して政府に逆らう度合いが大きく、裁判官にとって左遷の覚悟を要することです。裁判官が共謀罪を違憲と判断することは期待できず、共謀罪に関しては、司法は歯止めにならないと考える方が現実的です。