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北海道経済 連載記事

2023年8月号

第161回 通訳が接見前にかぶったもの

地域社会の国際化に伴い、東京や大阪といった大都市だけでなく、旭川でも外国人を当事者とする裁判が開かれるようになっている。今回は外国人が当事者である裁判に関わった経験を振り返る。(聞き手=本誌編集部)

今年の2月、旭川地裁でベトナム人男性の被告人に対して、懲役15年の実刑判決が言い渡されました。この被告人は昨年2月、別のベトナム人男性を旭川駅で刺殺し、殺人罪に問われていました。今年4月には紋別沖で漁船とロシア船の衝突事故をめぐり、ロシア人男性の航海士に執行猶予付きの有罪判決が言い渡されています。

旭川でも建設現場、工場、コンビニ、飲食店などで外国人を見かける機会が増えています。外国人も日本人同様、大半は日本の法律を守りながら生活していますが、中には犯罪に手を染める人が少数いて、彼らが法廷で裁きを受けることもあります。

20年ほど前の話ですが、私はルーマニア人が被告人の国選弁護を担当したことがあります。被告人の母国語であるルーマニア語は英語やフランス語などと違い、日本では話せる人が少ない少数言語でした。起訴後の接見の段階でも今後の見通しなどを伝える必要があり、ルーマニア語の通訳を探さなければなりませんでした。幸い、たまたま北海道大学にルーマニアから来た留学生がいたので、接見に同行しての通訳を依頼しました。

留学生は通訳を引き受けてくれたのですが、一つ条件がありました。自分のことを決して被告人に知られたくないというのです。日本で罪を犯すということは、本国でもアンダーグラウンドの組織の構成員である可能性があり、万一恨みを買ったりしたら、自分や家族が危害が加えられるかもしれず、名前や住所、年齢を秘匿するだけでなく、顔も見られたくないとのことでした。旭川刑務所を私と共に訪れた留学生は、接見室に入る前、爬虫類のマスクをかぶって顔をすっぽり隠しました。

接見そのものはスムーズに進み、留学生の通訳のおかげで、日本の刑事裁判制度で今後どのように手続が進むのかを被告人に伝えることができました。ただ、国選弁護人の私が、顔だけ爬虫類のような人物を伴って被告人と接見しているのは、異様といえば異様だったと思います。当時はまだ法テラスがなかったため、この留学生への謝礼は、私から国選弁護の費用として裁判所に請求したと記憶しています。

裁判で日本語能力が十分でない人が刑事裁判の被告人となる場合、公判では裁判所からの委託を受けた法廷通訳がつくことになっています。難解な法律用語は同時通訳が難しく、また質問の内容を正確に被告人に伝えなければならないことから、弁護人、検察官からの質問内容はあらかじめ法廷通訳に伝えられます。事実関係に争いがなかったこともあって前記被告人が裁判の手続・内容を理解できたので裁判は滞りなく進行して、判決が言い渡されました。

他にも、珍しいところではギニア人や内モンゴル自治区の人の刑事事件を担当したことがあります。民事事件でも外国人旅行者がレンタカーを運転して交通事故を起こした事件で被害者の代理人を務めたことがあります。

今後も社会の国際化が進めば、日本語を話せない外国人が当事者の事件が民事、刑事ともに増えていくことが予想され、外国人の事件に精通した弁護士の需要が増えると思います。