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北海道経済 連載記事

2022年7月号

第148回 司法修習の「手書き」訴訟

法曹を目指す学生や司法修習生のころに鍛えられるが、実際に法曹になると役立たないのが手書きの技術。今回の法律放談は、司法修習生が国を相手に起こした手書きをめぐる訴訟について。(聞き手=本誌編集部)

弁護士の仕事のかなりの比率を占めているのが、裁判所に提出する書類の作成です。企業や役所の仕事と同様、弁護士にもパソコンは欠かせません。今のご時世、書類を手書きする人はほとんどいないはずです。

もっとも、短答式と論文式の2段階で行われる司法試験の答案のうち、論文式はいまも手書きです。大学の試験と同様、不正を防ぐためにパソコンの使用を禁止するのは、当然のことでしょう。

司法試験に合格して山形地裁で司法修習を受けている人が、今年5月初め、国を相手に治療費など140万円の損害賠償を求める訴訟を起こしました。司法修習所から指示された長時間の手書き作業に従事したことで、もともとしびれがあった右腕を傷め、2ヵ月の治療が必要になったというのです。

司法修習とは司法試験に合格した人が1年間をかけて埼玉県和光市の司法修習所、全国各地の裁判所、検察庁、弁護士会でみっちり法律の知識や実務を学ぶ法曹教育制度です。司法修習の最後に「司法修習生考試」(二回試験)を受け、合格すると裁判官、検察官、弁護士になる道が開かれます。裁判の原告となった司法修習生は、司法修習を経て正式に法曹資格を得る前に、これまでに学んだ法律知識を生かして、実際に国を相手に訴訟を起こしたことになります。司法修習生は国家公務員ではありませんが、それに準じる立場とされており、被告の国はいわば雇用主です。提訴のために二回試験での評価が厳しくなり不合格とされる可能性も完全には否定できず、私なら裁判を起こすにしても司法修習を終えた後にしたでしょう。

裁判所での実務修習では実際に起きた事件に即して判決書等の作成(起案)の練習をします。指導担当の裁判官が添削し問題点を指摘します。出来が良ければ、修習生が作成したものに若干の手直しをして、正式な判決書としてその内容が使われることもあります。

報道によれば、原告の修習生は午前10時〜午後3時、事件に関する起案作業に従事していたとのことです。昼休みを取らなかったとしても5時間。それほど長い時間ではありませんが、20年以上前から実務修習でもパソコンを使って起案した記憶があり、法曹になった後で書類を手書きする機会はほとんどないので「手書きとする指示には合理性がない」とも思えますが、文章の使いまわしを防ぐ等の何らかの「合理性」を認めたり、5時間の手書きと2か月の治療との間の因果関係を否定したりして、請求は認容されないと思います。それでも、司法修習の方法に一石を投じることにはなるかもしれません。

司法修習生と国の間の訴訟としては他に、司法修習生給費制廃止違憲訴訟があります。司法修習生にお金を支給する給付制が2011年にいったん廃止されたことが憲法に違反するとして、無給となった元司法修習生の一部が各地で国を相手に裁判を起こしたものの、昨年の9月までにすべての裁判で原告敗訴が確定しました。給費制は2017年に復活し、給付を受けられなかった「谷間世代」の救済が課題となっていますが、彼らが司法修習生だったころから年月が経つにつれて関心は薄まっています。