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北海道経済 連載記事

2022年6月号

第147回 アナーキーな国際社会

国や公権力と私人との関係を規律するのが「公法」で、私人間の関係を規律するのが「私法」。国家間の関係を規律する法は、国際公法として「公法」に分類され、旧司法試験の論文式にも出題されていた。国際公法は公権力対私人という公法的な性格が薄い特殊な性格の法であり、昨今のロシアとウクライナをめぐる情勢にも、その性格と限界があらわれている。(聞き手=本誌編集部)

私が受験していた旧司法試験では、1999(平成11)年度まで論文式試験の法律選択科目として、行政法、破産法、刑事政策、国際公法、国際私法、労働法から1科目を選択することになっていました。国際公法・国際私法は、実際にそういう名前の法律が存在するわけではなく、前者は国家間の関係を、後者は(国際結婚や離婚など)国をまたいだ私人間の関係を規律する法源(法律や条約、慣習)の総称です。

私は国際公法を選択していました。過去問に出てくる「宇宙」や「海賊」といった言葉に興味を持ったからです。ところが、国内での法曹としての活動に直接関係がないことからか、選択する人が圧倒的に少なく、受験情報も少ないため、傾向と対策を立てるのが困難でした。国際公法を選択したのは裏目に出ました。1994(平成6)年度から国際公法でも事例問題が出題されるようになり、同年度は国際公法の成績だけが悪かったために、合格を逃してしまいました。

国際公法は特殊な性格の法です。「公法」というからには公権力と国民に関する法律、国内法でいうなら憲法などが連想されますが、国際社会には、各主権国家の上に立つ公権力が存在しません。国際連合も、加盟国、とくに拒否権を持つ常任理事国の意向次第で行動できなくなってしまいます。国際司法裁判所は、当事国の賛同が審理開始の前提条件となっています。つまり、国際社会には国内社会における国会や内閣、裁判所に相当する機関が存在しないのです。その意味で国際社会は非常にアナーキーな社会といえるでしょう。当時は、国際社会の基本的な特徴についての意識が薄く、国際公法の有効な受験対策も分かりませんでした。

ある年、国際公法で非常に良い成績を取った人の話を聞く機会がありました。「おそらく、国際公法は民法に似ているのではないか」。国家間の関係を規律する国際公法といえども、私人間の関係を規律する民法と同様、当事者(当事国)を規律するのは契約(条約)や慣習がベースになるという意味でした。このアドバイスがきっかけで、各主権国家を規律するのは条約と慣習しかなく、これらに違反しても、損害賠償金の徴収や領土の没収等の制裁を科されないのが国際社会と理解し、司法試験にも合格することができました。

そんな体験を思い出したのは、ロシアやウクライナを巡る昨今の情勢に、国際公法の性格や限界がよく示されているためです。ロシアの軍隊が他国の領土に攻め込んでも、国内における裁判所のように、ロシアの行為を「悪」だと判定する絶対的な機関は国際社会に存在しません。当然、欧米諸国はロシアの行動が国連憲章に違反すると主張していますが、ロシアは(その正当性はさておき)「特別軍事行動」は、ウクライナからの独立を宣言した二つの「人民共和国」からの要請に基づくもので、国連憲章で認められた個別的・集団的自衛権の行使に当たると反論しています。

ロシアと欧米諸国の主張のうちどちらが正しいのかを判断したり、必要に応じて刑罰を命令する「裁判官」は存在しない。それが国際社会の現実です。