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北海道経済 連載記事

2022年5月号

第146回 裁判官の判断方法

裁判の結論は判決として言い渡される。当事者が主張・立証を尽くして、それらを裁判官が自由に評価して結論を出し、判決を言い渡すのが建前だが、実際は、社会常識を考慮して、まず結論を出し、それに合わせて当事者の主張・立証を採用していると考えられる。今回は裁判官の判断方法の建前と実際について。(聞き手=本誌編集部)

裁判官が判決を言い渡す際の基本的ルールとして▽当事者(原告と被告)が主張した事実のみを判決の基礎とする▽争いのない事実はそのまま判決の基礎とする▽争いのある事実について証拠は当事者が提出する▽裁判官が当事者の主張・立証を取捨選択して事実を認定し、判決を言い渡す、などがあります。主張・立証は当事者が行い、裁判官が当事者の主張・立証を自由に評価して結論を出すということです。

建前上は、当事者が主張・立証を尽くしてから、裁判官がこれらを吟味して、結論を出すように思えますが、実際には、裁判官は当事者の主張・立証の途中で、極端に言えば第一印象で、結論を出し、それに合わせて当事者の主張・立証を採用している方が多いのではないかと思っています。

刑事裁判の場合は、当事者が検察官と弁護人に置き換わり、裁判官の判断方法のニュアンスも若干異なりますが、基本は同じです。もっとも刑事裁判の場合、特に世間を震撼させた重大犯罪の場合は、裁判官も、世論や国民感情に配慮して結論を出している場合もあると思います。

たとえばオウム真理教の地下鉄サリン事件などをめぐる裁判では、教祖の麻原彰晃元死刑囚が、一審の途中から自身の弁護士を含め誰とも話をしなくなり、法廷でも黙秘を貫くようになりました。弁護団の要請で接見した7人の精神科医たちの「訴訟能力はない」「ない可能性が高い」といった見解は顧みられず、裁判所は検察側の依頼を受けた鑑定人の「精神病の水準にない」との鑑定結果をもとに、訴訟能力はあると判断。2006年に最高裁で死刑判決が確定し、2度の再審請求も退けられ、2018年に教団幹部と合わせて7人に対する死刑が執行されました。

多くの犠牲者を出した事件ですから、最初から死刑以外の結論はなく、その結論に向けて裁判が進んでいったように見えます。また、仮に麻原元死刑囚が心神喪失状態にあるとの鑑定結果が出て、死刑判決が言い渡されたものの、刑事訴訟法479条に基づき死刑の執行が停止されることになったら、世論が強く反発していたのは確実です。裁判所としてもその可能性を考えないわけにはいかなかったのでしょう。なお、麻原元死刑囚の遺族は、再鑑定などを行わずに死刑を執行したことが「刑事訴訟法479条に違反する」と主張して、損害賠償を求めて国を昨年末に提訴しています。

実際の裁判においては、当事者の主張・立証中であっても、裁判官が、まず、社会常識に配慮した結論を出して、その結論を導ける主張や証拠を「後付け」で採用していると感じることが多く、精神鑑定もその結論を補強しそうな鑑定が採用されます。裁判官の心にすでに形成された結論を覆すのは容易なことではありません。裁判では明確な主張を行い、切り札となる証拠を提出して序盤から有利に進めることが大事で、終盤に逆転することは有力な証拠が出てこない限り、非常に困難です。