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北海道経済 連載記事

2021年11月号

第140回 賠償金と利率の関係

いま個人が銀行にお金を預けても、利率は「0」に限りなく近いが、法定利率は一時よりも引き下げられたとはいえ、今も「年3%」の高金利が続いている。今回の法律放談は法定利率が賠償金(遅延損害金や逸失利益)に与える影響に注目する。(聞き手=本誌編集部)

9月21日、旭川地裁でアスベストに関連した裁判の判決が言い渡されました。勤務先でアスベストを吸って中皮腫を発症し、今から3年前に死亡した男性の長女が、アスベスト規制を怠った国を訴えていました。裁判では原告の訴えが認められ、国に1430万円の支払いが命じられました。

アスベスト関連の訴訟では国の責任が認められることが多く、この裁判の重要な争点は遅延損害金、つまり利息の計算開始の起点をいつに置くのかでした。原告は発症日(2013年3月)、国は死亡日(2018年8月)と主張していましたが、裁判長は「中皮腫は発症すると死亡する可能性が極めて高い」として、発症日からの起算を命じました。

起算日がいつなのかによって、遅延損害金の金額は変わります。いま定期預金の金利はほぼ0%で、消費者物価の上昇率もマイナスですが、遅延損害金を計算する基準となる法定利率は年3%に設定されており、複利計算も行われます。昨年4月1日に改正民法が施行されるまでの年5%より下がったとは言え、市中金利と比較すれば高水準です。前記判例の事案では起算点は改正民法施行前なので、法定利率5%が採用されます。

交通事故などの被害者に後遺症が残り、本来得られるはずだった収入を得るのが難しくなった場合、裁判では通常「逸失利益」の賠償が認められます。逸失利益の計算は基本的に、基礎収入に、労働能力の損失率、就労可能年数さらにライプニッツ係数を乗じて求めます。「現在の金額を運用すれば、将来それ以上の金額に増える。将来の収入を現時点でもらうので、将来増える分(利息)を逸失利益から控除する」という考え方が、ライプニッツ係数の根拠となっています。ライプニッツ係数は法定利率がベースになっており、利率が小さいほど逸失利益から控除される利息が小さくなります。その結果、利率が小さいほど逸失利益は大きくなる、ライプニッツ係数も大きくなるという関係にあります。

民法改正で法定利率が引き下げられたため、ライプニッツ係数は大きくなり、逸失利益の賠償額は増加しました。ある保険会社の試算では、基礎収入年500万円で32歳の人が35年間にわたる労働能力を完全に喪失した場合、逸失利益は法定利率5%で8187万円、3%で1億743万円になるということです。

逸失利益から利息が控除されるか否かで、逸失利益の金額に大きな差が生じることがあります。たとえば、幼い子が交通事故で重い障害を負った場合、保険会社は被害者が大きくなったあとも毎月逸失利益を払い続けるのではなく、利息分を差し引いた上で一括払いするの通例ですが、実際に支払われる額が半分程度まで減ってしまうこともあり、被害者側は強い不満を感じていました。

昨年夏には最高裁で、逸失利益を一括払いではなく、利息分を差し引かないで分割払いにするよう求めて保険会社を訴えた交通事故被害者側の主張を認める判決が言い渡されました。このケースでは一括払いと分割払いの金額に4倍もの差がありました。

この最高裁判決で司法が明確な判断を示したことで、今後は多額の賠償金について保険会社に毎月の分割払いを求める被害者が増えるかもしれません。