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北海道経済 連載記事

2021年3月号

第132回 裁判官が説諭に込めた思い

法律やルールに従って粛々と裁判を進める裁判官が、判決を読み終えた後で被告人に語り掛けるのが「説せつ諭ゆ 」。更生してほしいとの願いが込められた短い言葉だが、時に違法捜査への怒りや、罰についての迷いが率直に表現されることもある。今回の法律放談では、裁判官が時折見せる一人の人間としての横顔について。(聞き手=本誌編集部)

刑事裁判に関するニュースで、判決文を読み上げた裁判官が、被告人に対して語りかけた言葉が紹介されることがあります。一般的に「説諭」と呼ばれるものです。例えば、昨年、社会の注目を集めた芸能人の大麻使用に関する裁判の判決では、裁判官が「大麻との関係をしっかり断ち切り、また活躍してほしいと願っています」と述べました。罪を犯した人物の更生が刑事罰の大きな目的の一つですから、こうした言葉が裁判官の口から出てくるのは自然なことかもしれません。一方、まったく違う意味を持った説諭もあります。滋賀県で入院患者が死亡した事件で、刑事に虚偽の自白に誘導され刑に服した元看護助手の再審が昨年行われ、裁判官は無罪判決を読み上げた後、10分間にわたって違法捜査の問題点を指摘する異例の説諭を行いました。

こうした説諭が行われるのはもっぱら刑事裁判です。刑事裁判でも、被告人が犯行を否認している裁判で被告人に対して反省や更生を促す説諭は行われません。そのような言葉をかけたところで被告人の心には響かないでしょう。なお、民事裁判の判決では原告・被告とも出頭せず、判決の主文だけを裁判官が朗読し、判決理由は朗読しないのが通常です。判決理由は、判決謄本が送達されて分かります。最高裁判所の判決でもそうでした。民事裁判では説諭はないのが普通です。

このように刑事裁判の説諭は、裁判官が心情を表現する数少ない機会なのですが、私が過去に担当した刑事裁判の審理の過程で、裁判官が個人的な一面を見せたことがあります。検察官と弁護人による被告人への質問が終わった後、裁判官が書記官に「ここからは記録しなくていい」と告げ、オフレコで被告人と共通の知人の近況について話を始めました。裁判官と被告人は高校の同級生だったのです。裁判と関係のない話をしたのは、同級生ががんばっているのだから、お前もがんばれという激励の意味だったのかもしれません。結局、言い渡された判決は有罪で、量刑は重くもなく軽くもなく、「相場」通りでしたから、裁判官が同級生を特別扱いしたわけではありません。 

説諭が再犯防止に役立ったと思われる事例もあります。スピード違反の裁判で、裁判官が、被告人に対して再度の執行猶予付きの有罪判決を言い渡した後、「今回は私も迷いましたが、実刑だとすべてを失ってしまうので執行猶予を付けました」と述べました。 

自営業者の被告は以前にも大幅なスピード違反で検挙され、裁判で執行猶予が付され、その猶予期間中に再度スピード違反を犯したもので、二回目の裁判では一回目の裁判の執行猶予が取り消され、一回目の裁判の刑期と合わせて実刑判決が言い渡されることが多いのですが、刑務所に半年以上入って社会と隔絶されれば、事業の破たんは避けられないため、温情判決が言い渡されたわけです。その後、この人物が同じ罪で検挙されたとは聞いていませんから、裁判官の気持ちは通じたのかもしれません。