しらかば法律事務所TOP 北海道経済 連載記事 > 第105回 依頼人が嘘をついたら

北海道経済 連載記事

2018年12月号

第105回 依頼人が嘘をついたら

刑事裁判でも民事裁判でも弁護士は、被疑者や依頼者に嘘をつくよう求めることはもちろんしない。しかしながら、被疑者や依頼者の不合理な供述・言い分に沿った主張を展開することはあるという。(聞き手=本誌編集部)

10月15日、こんなニュースがありました。

「事故を起こした男に虚偽の供述を促した弁護士を逮捕」

逮捕された被疑者を弁護するのは弁護士の仕事の一部ですが、その弁護士が逮捕されるというのは異例の事態です。2年前に無免許の男が横浜市内で他の人物が所有する車を無免許運転し、死亡事故を起こして逮捕されました。この男は警察の取り調べに対して「車の所有者に無断で車を持ち出した」と供述したのですが、これは弁護士から唆されてついた嘘だったということです。裁判が始まったあと、男が虚偽の供述をしたと認めたことから、弁護士が犯人隠避罪の教唆容疑で逮捕されました。この弁護士はテレビ番組に出演して裁判の解説をすることもあったため、逮捕は一層注目を集めました。

さて、言うまでもないことですが、刑事裁判でも民事裁判でも、弁護士が依頼者に嘘をつくようアドバイスすることはありません。弁護士倫理に反する行為ですし、今回の事件のように、犯罪の構成要件に関する事実について嘘をつくよう唆すと弁護士が刑事責任を問われる可能性もあります。

逆に、弁護士が依頼者に「知っていることは正直にすべて述べたらいい」と言うこともあまりありません。刑事手続においては黙秘権が認められており、聞かれたことでも答えなくて良いとされています(憲法38条1項)。また、民事でも聞かれていないことまで自発的に述べる必要はありません。しゃべりすぎると挙げ足を取られることもあるので、必要最小限のことしか答えないことも勝訴のために必要となることもあります。

刑事事件で被疑者の主張が誰の目にも明らかなほど主張が不合理な場合、弁護士はどうするべきでしょうか。私なら被疑者に対して「その主張は不合理で、信じてもらうのは難しい。事実でないなら真実を正直に言った方が刑罰が軽くなる」と申し向けます。それでも被疑者の主張が変わらない場合には、たとえ不合理に思えても、容疑者の主張に沿った弁護をします。容疑者の主張を無視して、弁護士が独自に合理的な主張をすることは刑事弁護の世界ではタブーとされています。

司法修習生が法曹資格を得るために受ける「2回試験」という最後の関門があります。「刑事弁護」の試験では、刑事被告人を弁護する際の弁護人の最終意見書(「弁論要旨」といいます。)を作成します。被告人が不合理な主張をしていても、これに付き合って被告人の主張が不合理ではないとの内容で弁論要旨を作成します。被告人の主張に沿わない弁論要旨を作成すると、たとえそれが合理的な内容でも「刑事弁護」の試験には合格できません。「刑事弁護」の他、「民事弁護」「検察」「刑事裁判」「民事裁判」の試験科目があり、一科目でも不合格となると法曹資格を得られず、翌年全科目受け直しとなります。私のころは、不合格者は「刑事弁護」で不合格となる者が多く、その原因はもっぱら被告人の不合理な主張に沿わないで合理的な弁論要旨を作成してしまったことにありました。