ウルトラアイ



1日目・発動


 南向きの窓から、やわらかな朝の光が差し込む。
 薩摩二郎は重いまぶたを開き、下半身の違和感に身をひねろうとした。
 オムツが濡れている。かなり出たようだ。手を伸ばし、コールボタンを押した。
「少々、お待ちください」
 スピーカーから返事の声。はあ、ため息も一緒に聞こえた。
 一分・・・三分・・・なかな来ない。
 待ちきれない。体を半分起こした。
 と、ドアが開いた。
「お早、ございます、薩摩さん。ど、しました」
 のんびりした声でナースの松坂圭子が来た。夜勤だったらしい。

 老人保険施設「えいじ園」に薩摩二郎が入って、もう5年が過ぎた。
 歩けなくなり、車いすの生活。一人ではトイレに行けず、オムツが欠かせない。
 ここでの唯一の楽しみは、若い女に下の世話をしてもらう事か。たまに、男の介護士に当たると、口に出せないが、ちょっと気落ちする。

「はい、終わりました。いっぱい出ましたね。今日も元気ね」
 太めの圭子は手際が良い。股間を清拭して、オムツを替えて、車いすに乗せた。この間、五分とかからない。
「さあさ、手を洗って、顔を洗って」
 圭子は車いすを押し、二郎を部屋から出す。洗面台の前に二郎を置いて、他の入所者の所へ行った。
 鏡に向かい、誰かの顔と対面した。
 薩摩二郎の名札のケースを開け、入れ歯を出す。口に押し込むと、顔のしわが延びて、しわだらけの顔が自分と分かった。
 パジャマから普段着に着替えて、朝食をとる。これが施設の方針だ。しかし、食事に味が無い。
 食後はつまらない体操をする。ここにいる以上、最低限度の付き合いのひとつ。おしゃべりは苦手なので、早々に自室へもどった。
 テーブル下からトランクを出した。
 10年前、家が火事になった。煙を吸って、数日意識不明になった。全てを無くして、焼け跡から拾った物はこれけだ。
 トランクを開けた。中に並ぶ赤いメガネ様の物。
 ひとつを取り、顔に当てた。
 ・・・・・
 何も起こらない。
 はあ、ため息をひとつ。トランクにもどした。
「じいちゃん、お早う」
 元気な声に振り返ると、甥の昭二だった。まだ小学生。姉の友里がペコリと頭を下げる。
「今日は、動物園へ行く約束よ」
 そうだっけ、と頭をひねる。約束したような、してなかったような。
「あっ、それ何?」
 昭二がトランクを見て、ひとつ取った。
「ウルトラアイ・・・だ」
「うるとら?」
 言われて、目に着けてみた。サングラスのような、アイマスクのような、変な形だ。
「何も起こらないよ、コピーだから」
「コピー・・・なの」
 昭二は部屋を見回す。本物を探している。
 二郎はコピーを窓際に置く。トランクの底を開いて、そこからウルトラアイを出した。
「これが本物だ」
 え、と昭二は目をパチクリ。
 そのウルトラアイは右目側が割れていた。
 かつて、薩摩二郎は宇宙から来た友を持った。彼と共に世界中を旅した。彼が宇宙へ帰る時、友情の証として置いて行った。
 完全な物は置いていけない・・・彼は言って、ウルトラアイを壊した。
 彼が去って、二郎はウルトラアイの複製を作り始めた。見かけだけは同じ物が作れた。しかし、同じように動かない。
 実験を重ねる内に、家が火事になった。漏電火災と言うやつ。
 財産を失い、ケガと病で歩く力を失い、今は老人施設の部屋で暮らす身だ。
 へえ、昭二がウルトラアイを目に着けてうなる。
 気付くと、部屋の入り口で友里が笑っていた。彼女は何度も聞いた話だ。
「タクシーが来ましたよ」
 玄関の方から声があった。
「さあ、動物園よ」
 友里が言った。さあさあ、とタンスから上着を出して急かした。
 昭二はウルトラアイを窓際に並べて置き、二郎の車いすを押し出す。
 この時、無人となった部屋で、太陽が窓際を照らした。
 二つのウルトラアイが陽の光を浴び、数十年ぶりの反応を示していた。

 二郎が乗ったのは、車いすごと乗り込めるタクシーだった。
「世の中、進んだもんだ」
 半分感心しながら、車いすの固定作業を見守った。
 昭二と友里も乗って、タクシーは走り出した。
「おいおい、どこへ行くんだ?」
「動物園よ。こんな近くにいて、今まで行った事無いなんて」
 友里がパンフを出し、旭山動物園を説明した。二郎の目は知らない道に戸惑っていた。
 老人保険施設「えいじ園」は旭川の北東のはずれ、永山にある。車は田畑の中を走り、放水路の橋を渡った。
 田や畑は刈り入れが終わり、あちこちに稲わらの山ができていた。秋の終わりだ、冬も近い。車は緑が薄くなった山沿いの道を走る。
 てっきり、街の中心を経由して行く、と思っていた。タクシーは最短距離で行き、旭山に着いた。
 日本最北と言う動物園は、観光客で賑やかだった。
「おれと同じだ」
 薩摩二郎はアザラシ館で見入った。ほ乳類ながら、足が退化して、陸上では腹ばいで動く。アザラシと歩けない自分を比べた。
 しかし、水に入ると、アザラシは飛ぶように泳ぐ。真似できない・・・自分を卑下するばかり。
 園内のレストランでランチを取り、またタクシーで帰った。

 えいじ園の玄関で、友里と昭二の姉弟を見送った。二人は自転車で帰った。
 車いすをこぎ、のろのろと部屋へもどる。アザラシ以下の自分に厭気がさしていた。
 ドアを閉めると、人の声が遠くなった。一人、部屋の中でたたずむ。
 ウルトラアイが出しっ放し、と思い出した。
 部屋を見回し、窓際に見つけた。近寄って、はっとした。
 二つのウルトラアイが光を放ち、反応し合っていた。光は不連続に強くなり、弱くなり、モールス信号のように断続した。
 二郎は息が止まりそうだった。
 十数年、動かないウルトラアイを前に、ただ苛立っていた。火事を経て、諦めの境地に至った。
 こんな近くに真実があった・・・やっとの思いで、また息をした。
 光が止んだ。反応が終わったのか。
 しばらく待ってみるが、また始まらない。
 手に取って見た。壊れたオリジナル、二郎が作ったコピー、どちらも以前と変わった所は無い。
 考えて、オリジナルを外し、別のコピーと並べてみた・・・何も起こらない。
 反応していたコピーを外して、またオリジナルを並べて置いてみた。
 ぴちっ、光が出た。また反応がはじまった。反応はオリジナルとコピーの間だけで起きるようだ。
 雲が太陽を隠して、窓際が暗くなった。反応が止まった。
 太陽が出て来た。また反応が始まった。太陽光の中でのみ、反応は起きるようだ。
 気が付くと、夕方が近い。
 窓際を太陽が照らさなくなった。日陰のウルトラアイは反応しない。
 今日の実験は終わりだ。

 夜の9時、消灯時間を過ぎた。
 施設が静まる。しかし、入居者の足音や話し声が、かえって聞こえるようになる。
 薩摩二郎は寝付けなかった。
 布団をはねのけ、ベッド横の車いすへ。
 コールボタンを押さず、一人でやり遂げた。移動に5分ほどかかった。
 机の下からトランクを出す。開いて、ウルトラアイを取る。昼間、オリジナルと反応していたコピーだ。
 深呼吸して、目に着けた。
 ・・・何も起きない。
 しばらくして、顔が熱くなってきた。
 外そう、と手を上げかけて、体の痺れに気付いた。
 頭から足の先まで電流が走った。視界が暗くなり、パチッ、白くはじけた。
 うわっ、あああっ・・・悲鳴を上げた。
 突然、全てが静かになった。痛みも、何も感じない。
 ウルトラアイを取ろうすると、顔が変だ。部屋が妙に明るく見える。
 鏡に向かうと、マスクをかぶっていた。脱ごうに脱げない。ウルトラアイがマスクに変化したようだ。
 体が軽く感じた。立てるかも・・・そう思い、両足に力を入れた。
 すっ、あっさり立てた。
 ちょっと目眩がきた。壁に手をやり、体を支えた。
 うろうろ、室内を歩き回る。手放しでも歩けるようになった。
 ドアを開け、廊下に出た。端から端まで小走りに走った。できる、腰の痛みも胸の苦しさも無い。
「ひいっ、誰だ?」
 声を出したのは職員の小林だ。懐中電灯を向けて警戒している。
「わたしです、薩摩です。ちょっと、夜の散歩を」
 二郎は手を振り、ホールの方へ行った。小林が追って来る。
 庭に二つの人影がある。出て見ると、入居者の二瓶と石井。
 二人は煙草を吸っていた。施設は全館禁煙だ。夜になると、ここで隠れて喫煙していた。
 よっ、手を挙げ、挨拶した。
 あわてて、二人は手で煙草を隠す。
「ああっ、二人とも、また!」
 小林が出て来た。
「さあ、薩摩さんも入って。夜は冷えますよ」
 熱心に三人へ促す小林。職員の指導には従うのがルールだ。
 とほほ、と携帯灰皿に吸い殻をしまう二瓶と石井。しかし、二郎は空を見上げていた。
 目が弱り、夜空の星が見えなくなって久しい。でも、今夜は見える、恐ろしいほどの星空だ。その星の中に、一際輝く星があった。
 あれは・・・彼の星だ。それは直感だった。
 二郎がかつて出会い、ウルトラアイを置いて帰った友の星だ。
「薩摩さん、中へ入って、お面を取って」
 再度、小林が言った。
 胸がドキドキする。もっとできる、さらにやれる、体中に力が漲っていた。
 たあっ、気合いでジャンプした。易々垣根を越えて、外の道路に立っていた。
 走り出した。
 わはははっ、笑いながら堤防を走る。もうアザラシじゃない、歩いて走れる。
 国道に出ると、明るい街を目指した。
 気が溢れていた。国道を車と競争して走った。驚くドライバーに、Vサインをして追い抜いた。
 橋を渡れば、永山の街に入った。大学前を通り、スーパーが見えて、止まった。
 道路の向かい側にコンビニがあった。様子がおかしい。
 店内には客が二人。しかし、バットとナイフを手にしたのは、客と言いかねる。

 店員はレジで震えていた。
 胸元に大型の登山ナイフを突き付けられていた、刃渡りは30センチくらい。大きな帽子を深くかぶり、マスクで顔をかくした男だ。仲間が一人、入り口横で雑誌を読むふり。
 二郎は入り口に立つ。自動ドアが開いた。
 ゆっくり踏み込む。雑誌で顔をかくした男が振り向いた。
 視界が広い。二郎はレジを正面に見つつ、背後の男も見えていた。
 雑誌を捨て、男がバットを振り上げた。
 ゴン!
 二郎はバック頭突きで金属バットをはね返した。
 振り向き、バットを奪うと、その首にバットを巻き付けて絞めた。
「危ない」
 店員の声に振り返る。レジを襲っていた男がナイフを迫って来た。
 ぐにゃ、二郎はナイフを握って曲げた。刃がゴムのようにS字になった。
 男は背からもう1本のナイフを出し、で突いて来た。
 あっさり奪い、そのナイフを男の靴に刺した。刃が靴と足を貫通し、コンクリートの床に刺さった。
 男は声も出ず倒れた。足は床に固定され、逃げるに逃げられない。
 二郎はホットコーヒーの棚から、缶コーヒーをひとつ取り、レジへ行った。
「ありがとう、助かったよ」
 100円を出し、釣り銭を受け取る。店内で買うと、安い品だった。
「あ・・・あんたは?」
「通りすがりの客だ」
 震える店員に手を振り、二郎は店を出た。
 コーヒーをひと飲みにした。良い事をした後、実に美味だ。
 店の床では、二人の男がうめいていた。
 店員はレジの通報ボタンを思い出し、やっと押した。警察へ通報して、体から力が抜けた。

 施設へ帰ろう。
 二郎は国道を逆に歩き始めた。
 街の灯りを背に、ゆっくり歩いた。もう車とは競争しない。
 暗い街外れの方に施設はある。土地代が安い所に建てる事で、老人施設の建築費を低く抑えているのだ。
 街灯が途切れる辺り、闇の中を歩く人がいた。曲がった背、老人のようだ。
「こんばんは」
 二郎は横に付き、挨拶した。かすかな会釈が返ってきた。
 そのまま一緒に歩く。
 老人は立ち止まり、辺りを見回し、また歩く。
 上着のすそに、名札が縫い付けてある。
 森次晃司、永山1条21丁目・・・名前と住所、電話番号に血液型も。用意周到だ。
 今のまま歩いて行くと、家から離れてしまう。どうしたら素直に戻ってくれるか、歩きながら考えた。
「ね、空を飛んでみませんか」
「そ・・・ら?」
 老人の足が止まった。興味を引いたようだ。
 二郎は後ろから抱きしめた。背と腹を密着させた。
 できる・・・根拠の無い自信がわいていた。
 でやっ、小さな気合いで地面を蹴った。
 風を切って、一気に100メートルほど上昇した。ゆっくり回転して、暗い街外れから明るい街中の方を向く。
 街灯の光が幾何学的に並んで、巨大なクモの巣が輝いているような眺め。
「おお、おっおっ・・・」
 老人が街に向かって手を伸ばした。その方へ二郎は飛んだ。
 小さな永山駅が見えた。ゆっくり高度を落とす。
 おじいちゃーん・・・
 人を探す声がした。
 街灯の下に着地した。
 ふう、息をして緊張を解く。けっこう肩が凝った。
「いたっ、ああ大丈夫ね」
 娘か嫁か、女が駆け寄って来た。ぎゅっと抱きつく。
「色男め」
 二郎は老人の頬を指で突いた。
「あの・・・あなたは?」
 銀色の面を付けた変人に、女は語りかける。異形の者に警戒をかくさない。
「友達だ、さっき会ったばかりだけど」
 二郎は答え、一歩離れて手を挙げた。別れの挨拶だ。
 でゅわっ、気合いをかけて飛んだ。

 星が輝いている。
 あそこから彼は来た。
 二郎は施設の庭に降り、空を見上げた。小林が窓サッシにしがみついている。
「やあ、ただいま」
 挨拶して、二郎は自室へもどる。小林が声も出せずに付いてくる。
 ベッド横に立ち、マスクに手をかけた。
 痺れるような衝撃があって、マスクはウルトラアイに戻った。
 そのとたん、体から力が抜けた。朽ち木のようにベッドに倒れた。
 手も足も動かせない。自分の荒い息を聞きながら、すぐ意識を無くした。


2日目・バルタンの使者


「心拍正常、血圧正常、体温・・・高めだけど、平熱の範囲内」
 ナースの松坂圭子が、朝のバイタルチェックを終えた。
 二郎はベッドの上で動けなかった。胸の上に重しが乗って、全身を布団で簀巻きにされたようだ。昨夜、ウルトラアイを使った反動だろうか。
 深夜に出歩くのは久しぶりだった。むしろ、その疲れと納得するだけだ。
 昼前には、気分は良くなった。
 食事後、昨日の実験の続きを始めた。ウルトラアイのオリジナルとコピーを、窓際で太陽に当たるように並べた。
 昨日使ったウルトラアイは、もう反応しなかった。途中で日陰になった方は反応した。
 ぱちっぱちっ、小さな火花のような輝きを放ち、二つのウルトラアイは反応し合う。
 今夜は、どんな事をしようか。昨夜の事を思い出し、つい笑みがきた。
 廊下の方で、何か声がした。

 人の目には、それは怪物だった。正しく宇宙人と推測する者も、少なからずいたが。
 両腕はシオマネキの片腕ように発達している。2本足で立っているが、頭部に巨大な目とも角ともつかぬ突起がある。
 玄関の閉じたドアの、わずかな隙間を通り抜けて入って来た。
 えいじ園の施設に入ると、宇宙人はスキャンを開始した。
「きれて・・・きれて・・・きれきれて・・・」
 二瓶は怪物を前に狼狽、意味不明の言葉を出す。石井は動かず、死んだふり。
 しかし、施設の地球人に興味は無い。目的はひとつ、ウルトラアイだ。
 ・・・すぐ、それは見つかった。

 二郎は車いすで動かなかった。
 怪物・・・いや、宇宙人が部屋を訪れた。友好的か敵対的か、まだ分からない。
 落ち着け、と自分に言い聞かせる。彼と一緒に行動した頃にも、何度か同じ事があった。
 ドアが閉じられている。廊下側から叩く音がした。何かしらの方法で、カギの無いドアを固定したらしい。
「ウルトラアイを使ったのは、おまえか?」
 宇宙人が語りかけてきた。言葉が通じるようだ。
「そう、わたしだ」
「おまえのウルトラアイには異常がある。それを警告に来た」
 二郎は窓を振り返る。窓際の並んだ二つを見た。
「確かに、異常はあって当然だ。壊れた物からコピーしたし」
 彼は敵ではない、それを信じて事情を明かした。
「わたしは恒点観測員343号である。今回の事態を本部に報告しなければならない」
「あっ、それは!」
 二郎は頭をかかえた。彼は規則を守って、置いて行くウルトラアイを壊した。しかし、二郎が復元した。どちらの行為が違法だろうか。自分の方であるなら、罰を受ける覚悟はある。
「観測員くん、えと・・・今、わたしが見てるのは、きみの真の姿か? それとも、何か仮の姿だろうか?」
「どちらでも良いと思うが、地球人の風習では、意味深い事であるな」
 違う話題を振って、向こうが乗って来た。なんとか、彼に咎が行かない道を探らなくてはならない。
 宇宙人は直立して、動かなくなった。と、真ん中から縦に割れた。
 割れた中から、人間の腕が出て来た。
 頭が出て、足が出た。日本人と見かけは少々違うものの、確かに人間だ。
「わたしは仲間にシルビーと呼ばれている。バルタン族のシルビーだ」
 ごくり、二郎は息を呑んだ。
 シルビーは女だった。胸のふくらみ、腰のくびれ、完璧なプロポーションだ。しかし、服を着てない。下の毛も露わな全裸である。
 二郎の前を通り、シルビーは窓際に行った。
 壊れたウルトラアイを手にして、小首をひねり、窓際に戻した。見た目は完全なコピーの方を持って、あれこれ調べる仕草。
 女の尻を目の前に、二郎は落ち着こうとした。
 人間の女に見えるが、実は対地球人用のデコイかもしれない。本体は動かない怪物の方かもしれない。
 初めからデコイの女の方で来てくれたら、施設の人も驚かなかったはず。いや、裸の女が入って来たら、別の騒動になる。やはり、怪物の姿で来て正解か。
 シルビーはウルトラアイを顔に着けた。
 ババッ、火花のような閃光がして、銀色の兜、赤いスーツが彼女の体を包んだ。
 彼と同じ姿だ・・・二郎はシルビーが本物と確信できた。本当に恒点観測員の一人なのだ。
 よくよく見れば、やはり細部に違いがあった。ウルトラアイがコピーのせいだろう。
 むん、たあ、シルビーは手足を動かす。また小首をひねった。
 ババッ、閃光があって、シルビーは元の姿に・・・全裸の女にもどった。
「やはり壊れている」
 ごくり、またつばを呑んだ。彼と同じ姿を見れないのは不運か、それとも眼福か。
「データは取った。この障害が及ぼす影響を調べなければならない。また、来る」
 シルビーは怪物の中へ入った。
 目の前から裸が無くなり、少しほっとした。
 と、シルビーはいなくなっていた。音も無く消えてしまった。
 部屋には二郎が一人だ。幻覚だったのか、と自分を疑った。
 がたっ、ドアが開き、職員が雪崩のように入って来た。

 夜、消灯時間になった。
 えいじ園は静けさに包まれる。
 闇の中で、二郎はベッドで眠れずにいた。
 異常がある、壊れている、シルビーの言葉が気になっていた。どこがどう壊れて異常なのか、自分で調べたくなった。
 がさごそ、五分がかりで車いすに座る。トランクを出して開き、コピーを取った。昼間、シルビーが着けたやつ。
 これなら、全身が彼と同じになる。期待を込めて着けた。
 痺れるような衝撃が体を貫いた。
 静かになって、息を整える。足に力を入れると、今夜も立てた。
 ぴょん、小さくジャンプ。昨夜以上に体が軽く感じた。
「あれ?」
 鏡の前に立って、肩が落ちた。銀色の兜は良い。銀色の肩当てもある。しかし、その下はパジャマのままだ。
 うーむ、頭をかかえた。
 シルビーにできて、なぜ自分にできないか。これも解明すべき事だ。
 庭に出た。
 柱の陰で、また二瓶と石井が煙草を吸っていた。
 手で挨拶し、空を見た。
 満天に星が見える。赤い星、青い星、涙が出るほど多く見える。
 その中で一際輝く星があった、昨日と同じだ。彼の星だ。
 遠いなあ・・・
 いつまでも二郎は見ていた。


3日目・ペダン来襲


 朝、窓辺に朝日が差すと、すぐウルトラアイを並べて置いた。
 パチッ、火花が起きて、反応が始まった。
 実験は順調だ。コピーはそれぞれ制作時期が違う。当然、制作手順も若干違う。ノートに記録してあるので、再現は可能だ。
 昼食が近くなった。施設の中は賑やかになる。
 食堂へ車いすをこぐ。
 食べ物の匂いは薄い。便の臭いを薄くする食事だ。残念ながら、美味しい食事はトイレが臭くなる傾向がある。
 食堂からは玄関を見通せる。二郎は異変を察知した。
 3人の男がいた。2人は大きな機械を持っている。1人が銃のような物を出した。
 バン、ドアが吹っ飛んだ。
 3人が入って来た。
 あれは敵だ、二郎は判断して部屋へ行く。
「うごく、な。われわれ、は・・・ペダン、とくべつ、たんさ、たい、で、ある」
 自動販売機の音声ようなへたな言葉遣いで、彼らは皆を威嚇する。
 2人が大きな機械を動かした。長い角が出て、何かを探す様子。
「ここ、か」
「ちかい」
 機械が不気味な不連続音を出す。角が動き、その方へ進んだ。
 二郎は廊下を行き、自室の前に来た。ドアへ手を伸ばす。こんな時に限って、取っ手がつかめない。
「こちら、だ」
 背の方で声がした。
 ドアが開いた。部屋に入る。窓際にウルトラアイを置いたままだ。
 車いすの悲しさ、大急ぎでも室内では亀より遅い。
 窓にたどり着いた。右手でコピーを取り上げた。
 がしっ、右手をつかまれた。すごい力だ、身動きできない。
「それか」
「これ、だ」
 機械の声のようなやりとり。
 二郎は右手の痛みに耐えながら、左手の下にオリジナルを隠していた。これは渡せない。
 男がコピーを取り、機械を当てた。
「ほかく、よし。てっしゅう、する」
 車いすが後ろに引かれた。二郎は左手を振り、オリジナルをベッド下に投げた。
「これ、は?」
「つれ、て、いく」
 ふわり、車いすが浮いた。男たちが左右から持ち上げたのだ。もう逃げられない。
 強引だが、破壊や殺戮の意思は無いよう。少しは文明的だ。
「うごく、な。おわり、だ。われわれ、は、でる」
 職員を威嚇し、3人は二郎を連れで玄関へ。外が暗い、何かいる。

 えいじ園の前にあったのは、ダチョウのような2本足とカニのような4本足のロボットだった。どちらも高さは10メートル以上、道を塞いで立っている。
 さらに、上空には円筒形の物体が浮かんでいた。
 ロボットと浮かぶ物体の影で、真昼なのに施設は暗い。
 遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。誰かが通報して、もう騒ぎが広まり始めている。
 ロボットが動いた。周囲を警戒し、威嚇している。
 上空の円筒の底が開いた。そこからゴンドラが降りてきた。
「よし、の、れ」
 男たちは車いすを持ち上げ、ゴンドラに入れる。二郎は抵抗しない。
 敵に捕まったが、オリジナルのウルトラアイは渡さなかった。最低限の仕事はできた、と自分で納得した。
 ゴンドラが上昇し、円筒に収まった。
 三機は飛んだ。編隊を組み、雲の上へ。

 エンジン音が静かになった。
 二郎は部屋を見渡した。操縦室か管制室の趣だ。
 ディスプレイに暗い空と丸い地平線が映っている。かなりの高度と推測できた。
 ここにいるのは、二郎以外は宇宙人たちだ。2本の手と2本の足、人間型ではあるが細部は違う。彼らからすれば、彼らこそ人間であり、地球人はオランウータンかチンパンジーに見えるかもしない。
 一人が二郎に近付いた。ヘッドホンとマイクのような機械を、二郎の頭に着けた。
「言葉が分かるかね?」
 問いに二郎は頷いた。
「今のは、動作による承諾であるな?」
「そ、そうだ」
 頭の機械は翻訳機だった。ややタイムラグがあるが、単語の並び方の問題だろう。
「おまえには、ウルトラアイの解析に協力してもらう。成功の後には、それなりの報酬と地位が与えられる」
 二郎は頷いた。
 甘い約束の誘惑だ。友情を感じない連中だが、命を守るためには、協力しない訳にはいかない。
 中央のテーブルにウルトラアイが置かれ、X線カメラのような大型機械が調査を始めていた。
「反応・・・無し」
 機械を操作する者が言った。
 二郎はじっと成り行きを見つめる。協力を約束したが、積極的にする必要は無い。
 興味は、むしろウルトラアイを解析する機械の方に向いた。あれをうまく使えば、より完全に近いウルトラアイを作れるかもしれない。
「反応・・・無し」
 また同じ報告があった。
 オリジナルとコピーは違う。構造的な違いは別として、動作に違いがあるのは確認していた。
 この機械でコピーを調べても、何も分からない・・・分かって欲しくない。彼らへの反発が、そんな願望を抱かせていた。
 一人がウルトラアイを手に取った。顔に近付ける、着けるつもりか。
「止めた方が良い。壊れている、と言ってた」
 二郎は言って、しまったと思った。シルビーと接触したのを白状したも同然だ。
「それは、こちらが判断する」
 忠告を否定された。このまま黙って、非協力的と思われてもまずい。
「着ける時、強いショックがある」
「強い・・・なるほど」
 今度の忠告には、彼らは同意してくれた。しかし、着けるのを止める意思は無いよう。
 ついに、ウルトラアイを着けた・・・とたん、そいつは悲鳴を上げた。
 火花が飛び、煙が上がった。
 皆がとりかかり、ウルトラアイを外させた。応急手当がなされ、別室へ連れて行かれた。
「こんな事は初めてだ」
 二郎が言うと、一応納得してくれた。
 彼らの体質が合わなかったのか、何かのセキュリティがかかっていたのか。慎重に調べなければならない。
 プルルル、通信器が着信を報せた。
 画面に映し出されたのは怪物・・・シルビーが着ていたバルタンだ。
「恒点観測員343号より警告する。諸君らは規則に反し、密かに地球へ入った。さらに、不法に現地人を拉致した。直ちに現状を回復する事を要請する」
「バルタン、何をどうするかは、我々が決める。通信終わり」
 強引に通信器を切った。

 二郎は個室に入れられた。
 ガチャと音がした。ドアに鍵がかけられた様子。広さは約二畳、車いすでは身動きもままならない狭さだ。
 乗組員の個室だろうか、簡易ベッドにモニター付きドアホンなど、異星の施設は興味深い。
 と、自分の影が変だ。
 ゆらり、影が動いて、壁へ立ち上がり、形を変えた。
 影が実態になった。シルビーが入ってる怪物、バルタンだ。女の姿で現れず、少しがっかり。
「いたのか、驚いたな」
「このような違法侵入に対処するのも、私の仕事だ」
 ビビーッ、照明が変わり、警報が鳴った。
「やっと気付いた。さて、あれを取り返そう」
 シルビーは入り口へ向き直った。
 バン、鍵を壊してドアが開いた。向こうに二人いる。
 どんどん、その二人を吹っ飛ばす。と、バルタンの背が割れた。
 ずるる、裸の女の尻が出て、蝉の脱皮のように裸のシルビーが出て来た。
 脱いだ服は怪物の形を保っている。シルビーが背を押すと、服が歩いて出て行った。
 どっちがシルビーの本体でデコイなのか、二郎は迷った。どちらかと言えば、やはり裸の方が嬉しい。
 指で合図して、シルビーは部屋を出て行った。
 ババンバン、爆発音がした。二郎は部屋の隅で身を小さくした。

 シルビーは影になり、通路を進んだ。
 ペダンたちは自動操縦にした服を追っている。ジャマも入らず、ウルトラアイのある調査テーブルに達した。
「おかしい。恒点観測員め、何を考えている」
「バルタンは我々をからかっているのか」
 ペダンの会話を聞いた。長くは騙せないだろう。
 テーブルの影に入り、上のウルトラアイを取った。
 ピピピ、警報が鳴った。
「やられた、あれは囮だ」
 ペダンは探知機を起動した。たちまち、シルビーの存在を知った。
 シルビーは逃げた。

 バン、ドアが開いた。
 二郎が身構えると、入って来たのは裸の女、シルビーだった。
「これを」
 ぽんとウルトラアイを投げた。二郎受け取り、懐に隠した。
「いた!」
 ブワッ、ブラスターの熱線がシルビーをとらえた。
 女の体から白い蒸気が吹き出し、次いで黒い煙を上げて燃えた。ブラスターは止まらず、黒い燃えかすは平らになり、壁と床に影のような跡を残した。
 熱気が和らいで、ようやく目を開けた二郎。シルビーの遺した影を見て、唇を噛みしめた。目に汗が入り、痛みで顔が歪んだ。
「処分した。もう安全だ」
 ペダンたちは人型の影をまさぐる。探知機で壁から床を走査した。
「無い・・・無い。あれくらいで燃えるはずは無い」
 探知機の角が二郎の方を向いた。
 これ以上、隠せない。いや、隠さない。二郎は腹を決めた。
「探し物はここだ!」
 二郎はウルトラアイを出した。
 でゅわっ!
 ウルトラアイを着け、変身した。足に力を込め、立ち上がった。
 手を見て、足を見た。赤いスーツが全身を包んでいる。彼と同じになった。
 部屋を出て、ブラスターを持つペダンを殴り倒した。
 出口を探した。壁を透かして見れば、それらしい扉あった。
「待て、出るな」
 ペダンの一人が声をかけた。ここが出口と確認できた。
 めきめき、レバーが歪んで、ついにもげた。
 ビービービー、新しい警報が鳴った。扉を蹴り、さらに体当たりした。
 めきっ、扉が開いた。
 突風が起こり、二郎は外に吸い出された。
 すでに夜、闇の中を落ちた。星かと思えば、近付く街の灯りだった。まだ地上は遠い。
 手足をばたつかせても、落下は速くなるだけ。空を飛ぶ術は知らない。
 地上の道路が、家が、自動車が見えるようになった。
 悲鳴を上げる間も無く、どしん、衝撃で体が動かなくなった。
 二郎は田んぼに落ちた。直径数メートル、深さ1メートル余りのクレーターの底で、大の字に倒れていた。
 星空が見えた。半分の空は、街の灯りで低い雲が輝くよう。
 生きてる・・・
 二郎は右手を上げた。体が動く。
 ふらついてまだ立てない、這ってクレーターを出た。
 土の軟らかい畑の真ん中だった。すでに刈り入れが終わっていたから、農家への実害は少ないだろう。
 クレーターの縁に座り、息を整える。
 犬の鳴き声がした。近くの家ならば、爆弾のような衝撃だったはず。
 ウルトラアイが守ってくれたのだ・・・二郎は確信していた。まだ使いこなせないが、そこは経験だ。

 ひゅう、風が吹いた。
 ずん、地面が揺れて、ペダンの4本足ロボットが着地した。
 見上げると、円筒型が降りてきて、四本足の上に乗った。その上に、2本足が乗った。
 4本足に2本の腕、巨人ロボットが出現した。身長は40メートルから50メートルあろうか。
 サーチライトが二郎を照らした。
「無駄な抵抗は止めよ。おまえは逃げられない。おとなしく我々と共に来るのだ」
 耳をつんざく大音量が、二郎を圧した。
 黙って従っては、ウルトラアイをくれた彼に対し、シルビーに対しても言い訳がたたない。戦う決意が別の能力を呼んだ。
 むん、気合いを入れると、体が巨大化した。ペダンのロボットに互角の大きさになった。
 下を見て、その高さに目眩がきた。踏ん張り、両腕をかまえて耐えた。
 ずい、ペダンのロボットが間を詰めた。
 やられる前にやる、二郎は先手を選んだ。とおっ、右の拳を突き出した。
 ごん、力の無い衝突音。まるで効かない・・・いや、体が大きくなっただけで、力は大きくなってない。
 ペダンのロボットが反撃、両腕で突いて来た。胸を押され、二郎は倒れた。
 どす、と倒れて、がしゃしゃ、とガラスの割れる音。
 倒れて頭をぶつけたのは、永山凌雲高校の校舎だった。鉄筋コンクリート四階建ての校舎に少なからず損害を与えたようだ。
 まずい、と思って振り向けば、校舎の向こう側は市街地だった。夜ながら、人が大勢の繁華街だ。映画館付きのスーパーやらレストラン街、有名なラーメン村がある。
 街を背にして戦ってはならない、と決めた。這うようにして、ロボットの後ろへ回り込む。
 ロボットは上半身をぐるり回して、二郎を追い続ける。下半身は回らず、そのままで後ろを前に変えた。カニの4本足は伊達ではない。
「無駄な抵抗は止めよ、おまえに勝ち目は無い」
 またロボットが怒鳴った。
 街から引き離そう、と二郎は後退する。
 永山の二番線と三番線道路の間は、ほぼ田と畑だ。土は軟らかく、足がめり込んだ。
 二郎がバランスを崩すと、ロボットは跳んでが間を詰めた。両腕を掴んだ。
 ロボットの腕がふたつに分かれた。4本腕になった。2本で二郎の両腕を制し、もう2本で胴を捕らえた。
 さらに、前側2本の足もふたつに分かれた。2本で踏ん張り、もう2本で二郎の脚を捕らえた。
 動けない、二郎はもがいた。

「よし、捕らえた。このまま帰還準備。解析は本星で行う」
「中身はただの地球人だ、憶する必要は無い」
 ロボットの操縦席、ペダンたちは安堵していた。
 その頃、二郎を閉じ込めた部屋で、壁と床の人影が動いた。
 それは平面から立体となり、人間の姿を取り戻した。シルビーの擬態だった。
 再び影になり、通路を進んだ。放置した服を見つけた。
「バルタンスーツが手に入った。こちらは思わぬ収穫だ」
 見張りのペダンたちは談笑している。全く油断していた。
 シルビーは易々と近寄り、服を起動した。背が割れて、中に入った。戦闘準備完了だ。
 見張りを吹っ飛ばし、機械制御室を目指した。
 そこは、壁一面がスイッチとモニターの部屋だった。腕がある上体のモニターを見つけた。破壊開始、バリバリ、火花と煙が上がった。
 ピピピッ、警報が鳴った。天井からガス消化剤が降り注ぐ。 
 ぐらり、大きく揺れた。二郎が抵抗している。腕を振りほどいた様子。
 腕の上体と胴体をつなぐモニターがあった。バリバリ、破壊した。
 どどん、さらに大きく揺れた。
 接続が外れ、腕部が落下したのだ。
 また揺れた。二郎はロボットから脱出した。モニターには、遠くなる背が映っていた。
「何をするか」
 ペダンが来て言った。
「何の権利で、我々の宇宙船を破壊するか」
 シルビーは冷静に反論した。
「これ以上、この惑星上で違法行為を続けるなら、おまえたちは歩いて故郷へ帰る事になる」
 もし、二郎が脱出した時にペダンが撤退するなら、そこで、シルビーは干渉を打ち切るつもりだった。しかし、ペダンは地球への侵入を止めないし、破壊と拉致を繰り返そうとした。恒点観測員は実力行使をしてでも、違法行為の停止を図った。
「わ・・・わかった。警告に従う」
 ペダンは承諾した、渋々なのが見え見えだ。

 二郎はウルトラアイを外した。
 足から力が抜け、地面に倒れて伏した。立ち上がれない。胸が苦しい、手の先が痺れる。
 刈り入れ後の畑の中に倒れていた。冬が近い、土の匂いは薄い。
 パトカーのサイレンが聞こえた。消防車のサイレンも右往左往するように聞こえる。
 長年かけてウルトラアイをコピーした。そして、起動した。それを探知して、シルビーが来て、ペダンが来た。
 街を壊してしまった。多くの人に迷惑をかけた。
 死ぬかもしれない・・・しかたないか・・・
 仰向けに寝た。目が弱っていて、星は見えない。
 ウルトラアイを使えば、彼の星が見えるはずだ。しかし、またペダンが来るかもしれない。
 足音を感じた。回りを見たら、人がいた。人ではない、怪物だった。

 気が付くと、ベッドの上だった。えいじ園の自室だった。
 誰か、いる。怪物だ。そのとなりに、裸の女がいた。シルビーだ。
 シルビーが部屋まで運んでくれたようだ。礼を言おうとしたが、声が出ない。
「薩摩二郎、きみの知り合いが来ている」
 シルビーが言った。
 誰の事かと思い、首を回して見た。確かに、もう一人いた。
 銀色の仮面、銀色の肩当て、赤い全身スーツ・・・彼だ。恒点観測員340号として、かつて地球に来ていた時の姿のままだ。
「久しぶりだな、薩摩二郎」
 彼が語りかけて来た、なつかしい声だ。
「報せを受けた時、まさかと思った。本当に作ったんだなあ」
 彼は二郎のコピーを手に持っている。
「良い出来、とは言えない。次に使ったら、君の命が危なくなる」
 彼の忠告は納得できた。今、全身をおおう疲労と倦怠感は、確かにただ事ではない。
 さらに、彼はオリジナルのウルトラアイを取った。
「友情の証として、前回は置いて帰った。今回は持って帰るよ。これも友情と思ってくれ」
 彼は一歩下がった。帰る気だ。
「ま、待って」
 二郎は声を絞り出した。声のかすれが自分でもわかる。
「も、もう一度、君に会いたかったんだ。会えて、良かった・・・それを作ったかいがあった」
 彼は歩み寄り、二郎の手を握った。
 二郎は苦労の人生を反芻し、目に涙がにじんだ。いつしか、眠りに落ちていた。


4日目・自衛隊出動


「ちょっと動悸が早めですね。ゆっくり眠ってね」
 朝のバイタルチェック、いつも通りな松坂圭子の声。おむつが新しくなり、股間が爽やかになった。
 また日常が始まった、と思った。
「いつの間に戻っていたんだ」
「分かりません。いつの間にか、ベッドにいたんです」
 廊下で話し声がする。聞き覚えの無い声だ。
 体を起こす気力は無い、首を回して見た。
 制服姿の男たち・・・警察ではない。どこの制服かと考えて、陸上自衛隊と気付いた。
「静かにして下さい。体調が良いとは言えませんから」
 圭子が自衛隊を諭す。ドアが閉まり、部屋は静かになった。
 夢だったのだろうか・・・
 体を起こそうと、横向きになっただけで息が切れた。足を布団から出し、車いすに伸ばした。いつもの倍も時間をかけ、なんとか車いすに。
 テーブル下のトランクを出した。
 開くと、オリジナルのウルトラアイが無い。コピーも一つ無い。
 本当に彼は来ていた。胸が熱くなった。
 同時に、彼のうっかりに笑いがこぼれた。このトランクをチェックしなかった。新たなコピーは作れないが、動作実験は続けられる。
 コピーを起動すると、またシルビーが来る。すると、また彼に会えるかもしれない。
 うん、二郎は頷いてトランクを閉めた。

 気分が良くなったのは昼前。
 食事後、自衛隊の聴取を受ける事になった。
 部屋で二人きり、満田一等陸尉が相手だ。昔なら大尉と言う階級。
 二郎はとりとめなく語った。主に自身の生い立ちだった。
 薩摩二郎の名の通り、父は九州で炭鉱を経営していた。会社を継いだのは兄だった。二郎は登山が好きで、世界を旅した。その時、宇宙から来た彼に会った。恒点観測員の見習いだった。
 しばらく共に旅をした。やがて、正式に恒点観測員となり、彼は地球を去った。
 父が病に倒れ、二郎は日本に帰った。会社経営は兄にまかせ、二郎は切り刃と呼ばれる鉱山の最前線に入った。何度か危ない目に逢ったが、いつも無事に脱出、ミラクルマンと呼ばれた。
 九州の炭鉱が閉山し、二郎は北海道へ来た。こちらでも、炭鉱は次々と閉山した。
 炭鉱での仕事をあきらめ、二郎は登山をするようになった。高い山に登れば、彼に近付けるような気がした。
「地球には多くの宇宙人が来ている?」
「そうかもしれない。地球人に干渉しないのが、宇宙のルールらしいが」
 二郎は笑った。歴史的には、地球に干渉した宇宙人の例は多い。幸か不幸か、宇宙人が遺した物を、地球人はうまく使えなかった。正体不明の宝物として、世界各地に保存されながら、朽ち果ててしまった。
 二郎がウルトラアイのコピーを試み始めたのは、北海道に来てからだ。
 こちらの炭鉱は機械掘りの先進的な所が多かった。余っている施設を使い、実験には事欠かなかった。
 見かけだけは同じ物ができたが、動かすには至らずにいた。甥の昭二が来て、ついに動かせた。すると、シルビーが来て、ペダンが来た。
 満田は聞き役に徹している。と、携帯電話が鳴った。
「薩摩さん、準備ができました。我々に協力していただきます」
 ペダンと自衛隊、言う事は同じだ。しかし、日本の国民として、自衛隊へ協力するのは是である。
 満田が車いすを押し、二郎は食堂兼用のホールへ出た。
 甥の昭二と姪の友里が来ていた。二郎に子供は無い。二人は、実は兄の孫である。
「これ、おじいちゃんでしょ」
 友里がスマホで動画を再生して見せた。コンビニで強盗を退治した時のやつ、監視カメラの動画だ。銀色のマスクをしていても、パジャマで二郎と分かってしまう。
 あじゃあ、二郎は声をもらした。
「入居者を連れて行くなんて」
「あんたたちに病気の老人が世話できますか」
 施設長とナースの圭子が抵抗していた。
「ご心配無く。陸上自衛隊にも看護師や介護士の資格を持つ者はおります。無論、医師資格を持つ者もいます」
 満田が外へ手で合図した。
 玄関から迷彩服の二人が入って来た。ヘルメットを取ると長い髪、二人とも女だ。
「桜井浩子一等陸曹、看護師です」
「菱見百合子二等陸曹、介護士です」
 施設長とナースの圭子、ぐうの音も出せない。

 えいじ園の玄関前からマイクロバスに乗った。
 自衛隊員は力持ちだ。二郎を車いすごと車内に持ち込んだ。
 昭二と友里に手を振り、深呼吸した。どこへ行くか、まな板の鯉の気分。
 バスは三番線から街に向かう。動物園へ行くか、と思っていたら、前方左の立木の影にペダンのロボットが見えた。
 永山墓地の横でバスは停止。満田が指差し、二郎に見ろと促す。
「あそこらには、ハーベストとか言うレストランがあったはず」
 うろ覚えで二郎は答えた。
「はい、今日はミニコンサートの予定があったそうです。まあ、中止ですね」
 大きな三台のクレーンがロボットの周囲で作業していた。腕部だけでも長さは10メートル以上、ロボットは巨大だ。
 クレーンの一台は、倒れた木にワイヤーをかけている。レストランの建物には、遠目では被害は見えない。
「今夜中に、駐屯地へ運ぶ予定です。そこで、じっくり調べます。あの中に入った地球人は、あなただけです。よろしく」
 満田は運転手に合図した。バスは走りだした。
「ほら、あれ」
 満田が指差した。バスは凌雲高校の横を通り、環状線に入る。
 一部が壊れた校舎を見て、二郎は胸を押さえた。個人で弁償できない被害だ。
 二郎の不安をよそに、満田は涼しい顔。
 バスは橋を渡り石狩川を越えた。夕方前、陸上自衛隊の旭川駐屯地に入った。


5日目・ビラの宣告


 二郎が与えられた部屋は、駐屯地内の病院の一室。
 本来は3人部屋だが、一人部屋とし、長いすと机を入れて、薩摩二郎の執務室を兼ねた形。
「はい、終わりです」
 菱見二曹が朝のオムツ交換をしてくれた。股間が爽やかになり、朝食を待つのも楽しみだ。
「今時、そんなの付けてる人はいませんよ」
「良いじゃない、女らしいし」
 菱見が桜井に言った。彼女は白衣を着て、頭にナースキャップをしている。
「うん、看護婦らしくて良いね」
 二郎は同意した。介護士の菱見は口を尖らせる。
 カーテンを開けると、部屋に光が満ちた。
 窓の向こう側に、ペダンのロボットがあった。未明の内に、三時間がかりで運び込まれていた。

 朝食後、二郎は外に出た。菱見が車いすを押してくれた。
「あれは基地指令の古谷一等陸佐です」
 じっとロボットを見上げる長身の男を指し、菱見は言った。向こうも気付き、敬礼してきた。
 腕部だけになったロボットは、少し間抜けに見えた。
「連中は、取り返しに来るでしょうか?」
「来るかもしれません。でも、こちらの法律や礼儀を重んじての訪問は、あまり期待できないと思います」
 古谷の問いに、二郎は斜にかまえて答えた。
「不法入国に家屋不法侵入、拉致誘拐に器物破損・・・色々やり放題でしたねえ」
 古谷は右頬をひくと動かし、深呼吸した。
「薩摩さん、あなたを臨時に一等陸士に任じます。以後、上官の指示に従って行動して下さい」
「陸士・・・昔で言うと一等兵ですか」
 うむ、古谷が頷いた。
「聞きたいのですが、給料は出ますか?」
 二郎が上目遣いに聞くと、古谷は拳を作って胸をたたいた。

 昼食は隊員食道で取った。若い者に囲まれ、炭鉱にいた頃を思い出した。
 食後、部屋にもどると、えいじ園の荷物が届いていた。
 満田がトランクを見つけていた。開いて、ウルトラアイを出した。
 二郎が作ったコピーは4個。昨夜、一つ減って、残り3個だ。
「宇宙人が狙ったのは、これですね」
「オリジナルが無くなったから、もう動かないかもしれない」
 二郎の答えに、満田は首をひねる。ひとつを手にして、顔にした。
 ・・・何も起きない。
 ふう、少し期待しただけに、二郎は落胆の息をもらした。
「これも解析に出します」
 満田はトランクを持って部屋を出た。
 もう、残るは身ひとつだけだ。二郎は静かに目を閉じた。
「あ、黒部市長だ」
 桜井が窓の外を指した。
 背広の一団がロボットを仰ぎ、あれこれ討議している。
「市長の実家は確か・・・お菓子屋さんよ。きっと、ロボットのお饅頭とかお煎餅とか、考えてるわ」
「ケーキやパンもあるわね」
 菱見と桜井は談笑した。二人とも甘党らしい。
 二郎は見なかったふりで目を閉じた。

 夜のオムツ交換が済み、消灯時間が近づいた。駐屯地が静かになる。
 ベッドでうとうとしていると、足音が近付いた。部屋の前で止まった。
 音も無くドアが開いた。
 黒スーツの男が現れ、ゆっくりとベッドに歩み寄る。
 まさか・・・二郎は声が出ない。
「こんばんは、薩摩二郎」
 ささやくような声で男は語りかけた。天井隅の監視カメラを見やり、また二郎へ視線をもどした。
 男はベッドをまさぐり、枕元から電線を引き出した。先端にマイクがある。ぷち、と握りつぶした。
 顔を寄せ、男は小さな声で語りかける。
「わたしはビラの調査隊の者だ。ウルトラアイを求めて来た。渡してほしい」
「いや、あれは彼が持って帰った。もう、ここには無い」
 二郎は首を振る。
「君が作ったコピーの方で良い。動く事は確認している。コピーが一つのみ、などはあり得ない。残りを出せ」
 ごくり、つばを呑んだ。言い逃れは効きそうにない相手だ。
「確かにコピーは他にもあるが、わたしの手元には無い」
「そうかもしれないな。君の可愛い姪と甥をあずかっている。コピーと交換だ」
 息が詰まった。
 男は顔を離した。じっと二郎を見下ろしている。
 バン、ドアを蹴破り、二人が入って来た。
「動くな、手を上げろ!」
 二人は陸自の隊員だ。89式小銃を向ければ、照準レーザーが男の顔に当たった。
 男はゆっくり両手を水平にした。
 伸ばした右手を隊員に向けた。どん、二人とも吹っ飛んだ。
 左手を向けると、ばん、ガラス窓が割れた。
「薩摩二郎、良い報せを待つ」
 悠然と言い、男は窓へ歩く。と、ドアにもう一人来た。
「待てーっ!」
 桜井一曹の甲高い声が響いた。看護婦の白衣で89式をかまえて狙った。
 男が窓に手をかけた。バンバン、桜井はためらわずに撃った。
 ぱたり、男の上体が窓の外に出て、倒れた。ずるり、服が上下にわかれて落ちた。
 桜井が窓に来て見た。男の服だけだ、中身が無い。
 窓から外を見た。
 街灯に照らされ、人間ではない何かがいた。振り向き、早足で闇の中へ去るのが見えた。


6日目・人質奪還作戦


「びら・・・調査・・・隊?」
「あれは、そう言った」
 満田は親指の爪を噛みながら、部屋をぐるぐる回る。
 二郎はベッドの上で、ため息をするだけ。枕元でうろうろされて、足音が頭に響く。
「窓枠まで歪んでます」
 声に窓を見た。昨夜、破られて、今は外側からベニヤ板が貼られている。
 窓を調べていた隊員は、鋼線入り防火ガラスを破った力に感嘆するばかり。
「君は窓を撃ってない?」
「わたしが入った時には、窓が割れていました」
 白衣の桜井一曹は答えた。どんな武器を使ったのか、満田は想像がつかずに悩む。
 ぴぴぴ、携帯電話がが鳴った。満田は深刻な顔で受けた。
「やられた。薩摩さん、あなたのお孫さん二人は、昨夜から行方不明です。家の中から、外出した形跡も無い」
「友里と昭二が?」
 胸が痛み、胃が縮み上がった。
 厳密に言えば、友里と昭二は孫ではない。でも、孫と同然の存在だ。自衛隊で給料をもらい、彼らにお小遣いでもあげて・・・思いが逆目に出た。
 どうすればいい、なにができる・・・二郎は唇を震わせた。

 陽が沈む頃、満田がトランクを持って来た。
「やっと取り返しました」
 テーブルに置いて開いた。赤いウルトラアイが3個ある。
「これと、あなたで、奴らが来る・・・ですね?」
「いや、こちらから行こう」
 二郎の言葉に、満田が目を丸くした。桜井と菱見も顔を見合わせる。
 トランクのウルトラアイに手に取った。ゆっくり顔へ寄せる。
 ・・・
 何も起きない。
 二郎はウルトラアイを戻した。
 えいじ園の窓際で、オリジナルと反応させたコピーが、まだ中にあるはずだ。オリジナルが近くにある時だけ、コピーは起動するのだろうか。いや、ペダンのロボットの中でもコピーは起動した。
 別のコピーを取った。
 深呼吸して顔に寄せた。
 次に使ったら、君の命が危なくなる・・・彼の言葉を思い出した。
 こんな年寄りの命より、姪と甥のほうが大事だ。ふん、鼻で息をし、覚悟を決めた。
 ばちっ、衝撃が体に走った。
 頭の芯まで響いたショックが和らいだ。視界がクリアになると、驚く皆の顔が見えた。
 自分の手を見て、足を見た。赤いスーツが全身をくるんで、彼と同じ姿と実感した。
 よしっ、気合いを入れ、立ち上がった。
「向こうも気付いたはずだ。やって来るだろう」
 満田が肯き、構内電話を取った。駐屯地内、全戦闘準備の号令をかけた。
 二郎は新たに気付いた。ウルトラアイの起動が外部から分かる、これこそシルビーが言う第一の故障だ。何かの信号をコピーが発している、それを探知して彼らは来たのだ。
「来た、近い」
 ビラの到来を感じた。あるいは、わざと接近を報せたのかもしれない。
 罠であろうが、友里と昭二を救うためには、行かなくては。

 二郎は外へ出た。
 空に陽のなごりがある。それでも、星が満天に見えた。
 その中に、一際輝いて見える星がある。彼の星だ。
 満田が呼んだ小隊が来た。二郎の背に続く。
 官舎を過ぎて、運動場に出た。
 風が吹いた。
 突然、宇宙船が眼前に現れた。
 高度10メートルほどから降りて来た。視覚カモフラージュをして、こんな間近に隠れていた。
「薩摩二郎、一人で入って来い」
 大音量の声が響いた。
 3本の脚が地面に着いた。ひとつにタラップがある。
 全体は二枚の皿を重ねたような形、高さは10メートル、直径は30メートルくらい。アンテナのような触角が、横に何本も突き出ていた。
 駐屯地内にいた戦闘車両が集まって来た。89式、87式、99式、動ける物が全部来た。
 バタバタバタ、UH−1ヘリコプターが降下して来て、宇宙船の上に乗った。
「重しがあれば、離陸できない・・・かもしれない。向こうにすれば、この程度は想定済みかな」
 満田は小首をひねった。隊員の展開を指示しながら、不安が胸から離れない。
「薩摩二郎、早く入って来い」
 また、声があった。
 二郎は満田と目を合わせ、宇宙船のタラップに足をかけた。
 タラップの先、足の付け根で扉が開いた。

 ゆっくり歩を進めて、扉をくぐった。
 ダン、素早く扉が閉まり、入れたのは二郎だけだ。エレベーターで上の階へ。
 薄暗い部屋だ。
 しかし、二郎の目には全て見えた、ウルトラアイのおかげだ。
 壁沿いに立つ5人、一人の姿は半身を起こしたムカデのようなビラ星人の正体のままだ。カプセルの中で眠っている友里と昭二がいた。
「薩摩二郎、ここへ」
 部屋の中央に立つよう促された。
 カプセルの二人を見つつ、中央へ進んだ。
 と、光線が二郎を囲んだ。光線が檻を成した。
 動けない、痺れたように体が硬直した。
「所詮、中身は地球人だ。この程度で済む」
 ビラの一人が近寄り、手を伸ばす。光線を越えて、その手が二郎の顔に来た。
 バリバリ、衝撃が来た。
 ビラはウルトラアイを取った。二郎は足から力が抜け、床へ倒れて額をぶつけた。
 光線の檻は消えた。手を突っ張り、上体を持ち上げると、ぼんやり床に影が落ちた。その影が変だ。
 ふと、思い当たった。
「シルビー、わたしは捨てて、友里と昭二を」
 喉の底から声を絞り出したが、つぶやくほどの声にしかならない。影はゆらり動くと、二郎の影のままになった。
 腕の力が抜け、顔から床に伏した。
 来てくれてた・・・
 少し安堵できた。しかし、胸が苦しい、腹もしびれている。視野が狭まり、気が遠くなりかけた。
 次に使ったら、君の命が危なくなる・・・彼の言葉を実感した。
「走査を」
 ウルトラアイはテーブルに載せられ、走査カメラが直上に。モニターには透視画像が表示された。
「これだけでは、何もわからない。記憶走査で情報を引き出せ」
 二人が二郎を引き起こした。もう一つのテーブルに寝かせ、頭を器具で固定した。
「待て、友里と昭二を」
 彼らは答えない。二郎の顎を固定し、無数の電極が頭と顔に付けられた。
「同調を始める。あまり強くやると、脳に障害が出る場合がある」
「地球人の脳は、末端の血管などが未発達だ。可能性は避けられない」
 ピリピリ、電流が来た。二郎の手の指が震えた。
 と、急に装置の電源が落ちた。一瞬、部屋が暗くなる。
 ビービーッ、警報が鳴った。緊急照明が点き、部屋は明るくなった。
「何事か?」
「人質がいない、どうなってる」
 二郎はテーブルで身動きできない。やってくれた、胸の内でシルビーを応援した。
 ピピピ、別の警報が鳴る。
「23ハッチが開いた。なぜ? 何者かが侵入していたのか!」
 聞いているだけでも、連中のあわてぶりは痛快だった。あはは、口は開かないので、のどだけで笑った。

 ビラの宇宙船は二枚の皿を重ねたような形、その上下の皿の間で、小さな扉が開いた。
「こちら天城、何か蓋のような物が開いた」
 近くにいた二等陸尉の天城が通信器に叫んだ。
 部下と共に開口部へ近付いた。と、何かが出て来た。
 影のような平たい物が壁に沿って動き、それは立体となり、怪物のような実体となった。恒点観測員であるバルタンだ。
 89式小銃を向けながら、天城は銃撃を抑えた。手で合図し、バルタンを包囲した。次いで、ヘルメットのカメラを起動し、画像を送った。
 バルタンは動かず、じっと天城を見ている様子。
 ずい、バルタンが一歩踏み寄った。シオマネキのような大きな手を開くと、人間が二人こぼれて現れた。
 二人は子供だ。
「君っ、名前は」
 天城が聞くと、もうろうとしながら答えが来た。
「さつま・・・ゆり・・・」
 もう一人の名は聞くまでもない。天城は通信器に叫ぶ。
「人質、二人を確保!」
 またバルタンを見ると、実体から影になり、開口部へ吸い込まれるように消えた。銃口を差し込み、蓋が閉まらないようにした。
 ギーギー、ディーゼル音を響かせてパワーショベル車が来た。バケットを持ち上げ、天城の所に寄せた。
 まだもうろうとする子供二人をバケットに移す。天城は開口部を守って残った。
 のぞくと、ぎりぎり人が入れそうだ。
 降りたバケットが、応援の隊員を乗せて上がって来た。菱見二曹もいた。二郎の介護士として追って来たのだ。
「突入!」
 天城は号令をかけた。こう言う時は、発見者に第一声の権利があるもの。
 蓋を支えさせ、天城は上体から入った。匍匐前進の要領ですすんだ。
 二番手に入ったのは菱見。大きめの尻がつかえたが、なんとかもぐり込んだ。

「恒点観測員が忍び込んだ。探せ、手動センサーを使え」
 ビラたちは大型の探知機を手に、船内を走査し始めた。目的がわかっているから、ウルトラアイと二郎の側に立つ者は動かない。
「23ハッチを閉じたが、地球人が二人、入った。排除して、離陸準備だ」
「地球人より、恒点観測員が問題だ」
 探知機は地球人を捉えていた。バン、ドアを蹴破り、二人が入って来た。
 天城と菱見は銃口を水平に向けた。
「抵抗するな、薩摩さんから離れろ」
 ピピピッ、探知機が反応した。恒点観測員も室内にいる。
 ビラたちはゆっくり動く。警戒しているのは地球人ではなく、恒点観測員の方だ。
 二人は二郎が載るテーブルに着いた。天城は銃で威嚇し、菱見は頭の固定具を外そうとする。
 ビラたちはウルトラアイを載せたテーブルに集まった。探知機が鳴っている。
「なぜだ、6人いる」
 彼らは顔を見合わせた。地球人の姿をしたのが五人、ビラ本来の姿の一人、合わせて六人いる。
 見慣れぬ地球人の姿では、真贋の判別が難しい。偽物は誰か、皆が身構えた。
 互いに探知機を差し合うビラたち。一人がテーブルのウルトラアイを取った。
「おまえか!」
 バン、轟音が響いた。探知機は武器でもあった。
 吹っ飛んだビラは正体を現した。化けていたバルタンだった。
 バンバン、皆で囲んで攻撃した。バルタンは反撃できず、壁まで押し込まれた。
 ウルトラアイが天城の足下に転がって来た。初めて見たが、いかにもメガネ様の物だ。
 バルタンの左腕がもげて落ちた。頭も一部が欠けた。
 動かなくなったバルタンを囲み、探知機を寄せた。さっきより反応は弱い。
 足蹴りし、バルタンが動かない事を確かめた。
「バルタンスーツを手に入れた。これも収穫だ」
 天城は銃をかまえたまま、事を見守っていた。子供の人質を助けた宇宙人を助けるべきか、否か、迷っていた。
「おまえたちは、ジャマだ」
 ビラの一人が振り返る。バルタンを撃った機械を向けて来た。
 ダダッ、いち早く天城は撃った。
 弾は当たったはずも、ビラはひるまない。バン、衝撃と共に天城の体が壁まで飛んだ。
 ぐぐぐ・・・ビラの体が崩れた。人間の皮が落ちて、ムカデのようなビラの正体が現れた。
「ひいっ」
 菱見は生理的嫌悪感に後ずさりした。陸自の隊員でも、イヤな物は厭。
 ムカデが迫る。
 天城は人差し指に力を入れた。引き金が動かない。銃は壊れていた。
 起き上がろうとして、胸に痛みが来た。肋骨か背骨か、どこか折れている。
 できる事を探して、ポケットからウルトラアイを出した。さっき拾ったのだ。噂は聞いていた、それを使えば超人になれると。
 でゅわっ!
 天城は立ち上がった。
 手と足が赤いスーツに包まれた。胸もどこも痛くない、体に力が漲っていた。
 菱見に迫っていたムカデを蹴飛ばし、二郎の頭の固定具をちぎって外す。ぎっ、さらにビラを見据えた。
「そんな所にあったか」
 ビラたちの注意が集まった。
 天城は突進した。菱見と民間人を敵の攻撃にさらさないためには、自分が的になるのが手っ取り早い。
 ダダダン、あと一歩と言うところで、ビラの攻撃を浴びた。手も足も、体が動かない。
「よし、上へ収容。下部は放棄、上部だけで脱出する」
 倒れたバルタンと天城をエレベーターに載せた。 
 ムカデが背を向けて去る。
 菱見は安堵し、テーブル上で寝る二郎のバイタルを看た。脈は弱い。
 ドンドカン、床が揺れて天井が動いた。
 菱見は二郎におおいかぶさる。民間人保護は陸自隊員の重要な任務だ。

 宇宙船が揺れた。
 上に乗っていたヘリコプターが滑って、落下した。あわてて、宇宙船からロープで脱出する隊員たち。
 バキバキ、宇宙船の上半分が浮き上がった。下半分との連結が切られた。
 ゆっくり上昇し、30メートルほどで静止した。
 満田は待避を命じながら、上空を見上げるばかり。
 キュルキュル、エンジン音が高まり、宇宙船は加速して夜空に消えた。
 残された下半分では、連結部が穴となっていた。菱見と二郎は、吹き込む風を顔にうけ、星空を見上げていた。

「パワー、不足。上昇停止、パワー充填」
 宇宙船は成層圏高度で静止した。計器を点検し、地球圏から脱出準備を始める。
「飛行体、低速で接近。レーダー照射あり」
「地球人のだ。攻撃は無いだろう、捨て置け」
 ビラたちは宇宙船を定常状態とした。帰還準備のひとつとして、捕らえた天城の処置にかかる。
 バリバリバリ、衝撃があって、天城からウルトラアイが外れた。
 天城は床に大の字に倒れた、麻痺したかのように体が動かせない。かろうじて薄目を開け、船内の様子をうかがう。
 ウルトラアイをケースに入れ、ビラたちの関心はバルタンスーツへ移った。
「これは・・・どうした事だ」
 バルタンを点検しようとして、異変に気付いた。中身が無い。 
 パチッ、皮だけのバルタンが燃えだした。煙が室内に充満する。
 消化器で火を抑えると、跡に残ったのは黒い煤だけだった。何も無い。
 呆気にとられていると、ガシャン、物音がした。
 何かと室内を探ると、ケースが割られていた。
 動けない天城の側に、誰かの足が来た。細く長い裸の足の上に、裸の尻がある。裸の女が、仁王立ちで天城を跨いでいた。
 バルタンスーツの中身、シルビーだ。
「おまえは?」
「恒点観測員343号である。違法行為を止め、これで帰るなら、わたしは干渉しない」
 なにおっ、とビラの一人が武器をかまえた。
 でゅわっ!
 一瞬早く、シルビーはウルトラアイを着けていた。銀色の仮面と赤いスーツの姿に変身。
 バン、ビラの攻撃をはじき返した。衝撃が機器に影響し、警報が一斉に鳴り出した。
「まま・・・待て、ここで戦うな」
 ビラの一人が間に入った。
 宇宙船は揺れながら、ゆっくり高度が下がりだした。他のビラが懸命に機器を操作すると、警報が止まり、揺れも収まった。
「まだやるならば、これは墜落させる。運が良ければ、おまえたちは地球の刑務所に入れるだろう」
 シルビーの警告に、ビラたちは顔を見合わせる。戦う意欲を無くした様子だ。
「我々は帰る。それを連れて行け」
 シルビーは肯いた。
 ひょい、天城を横抱きにすると、エアロックの扉へ歩く。
 内側の扉が開き、シルビーはエアロックに入った。ビラたちに緊張が走る。
「よけいな事を考えるな、素直に帰れ」
 改めて、シルビーが警告した。外側の扉が開いた。
 丸い水平線が光っている。この高度からだと、朝日が早く見えた。
 シルビーは飛んだ。
 ビラの宇宙船が遠くなった。彼らが衛星軌道まで上昇するには、まだ時間が要るだろう。

 シルビーは草地に降り立った。
 ゆっくり天城を下ろして、寝かす。呼吸は正常だ。
 体の周りにバリアーを作り、中の気圧を保って降下して来た。低酸素症や高山病の心配は無いはず。
 はあふう、深呼吸しながら、天城が上体を起こした。ずきっ、胸に痛みが走った。
 銀の仮面と赤いスーツを見上げる。街の灯りに照らされて立ち、女らしいボディラインの姿は美しい。
 バババ、閃光があって、シルビーはウルトラアイを外した。とたん、体の力が抜け、天城の上に倒れた。
 裸の女にかぶさられ、天城は体を硬くした。いらぬ物まで固くなってる。
 記憶をたぐり、味方する宇宙人の名前を思い出した。
「シルビー・・・シルビーだろ?」
「うむ、仲間からは、そう呼ばれている。このウルトラアイは壊れている、使ってはいけない・・・」
 シルビーは目を閉じ、天城に体をあずけた。はるか成層圏高度から降りて来た、力を使い過ぎた反動だ。
「シルビー、頼みがある。服を着てくれ。地球では、これはマズいんだ」
 天城は上着を脱ぎ、シルビーの肩にかけた。手を動かすと、また胸が痛んだ。すそを手で伸ばし、ぎりぎり尻までかくせた。
 街の方を振り返って見た。
 今、いるのは春光台の丘だ。旭川駐屯地を見下ろす場所。
 駐屯地の一部が照明で輝くよう。そこはビラの宇宙船が降りた運動場だ。
 深夜なので、街の灯りは少なく、駐屯地の明るさが目立った。
 通信器のスイッチを入れ、本部を呼んだ。
「こちら天城、無事帰還しました。客人が一人います、出迎え願います。あと、女性用の隊員服を1着、サイズはたぶん・・・」
 シルビーは寝息をたてている、抱く手の力を少し抜いた。乳房が柔らかい、役得を感じた。


7日目・昇天


「照明を少し落とせ。近隣の住宅地から、何事かと問い合わせが来てる」
 満田は指示を出しながら、あくびをしてしまった。時計は丑三つ時を過ぎて、むしろ夜明けが近い。
「何か飲みます?」
「コーヒーをくれ、濃いやつだ。疲れてる、砂糖をたっぷり入れてな」
 支援隊の給仕係は井出一曹の申し出に、満田も注文付きで答えた。夜食も欲しい時間帯だ。
 目覚めた友里と昭二が来た。井出にサンドイッチとコーラを注文する。
 下半分だけのビラの宇宙船は、隊員がアリのように群がっている。おおっ、と声が上がった。脚のタラップにつながるドアが開いた。
「あっ、おじいちゃん」
 昭二が担架で運ばれる二郎を見つけた。友里も気付き、二人で駆け寄る。
「おじいちゃん」
 呼びかける声に、二郎は薄目を開けた。しかし、視界はぼんやりとして、何もわからない。
「しょうじ・・・ゆり・・・」
「ここにいるよ、大丈夫だよ」
 よかった・・・安堵の息をもらした。もう思い残す事は無い・・・いや、まだある・・・
 二郎は目を見開いた。しかし、見えない。
「ほし・・・星は見えるか?」
「星? うん、よく見えるよ。珍しいな、いっぱい見える」
 昭二は夜空を見上げて言った。街の灯りが少ない夜更け、空気が澄んで、星が見やすい時間帯だ。
「東のあれは金星ね。大雪山の向こうが、少し明るくなってる」
 友里が強く輝く星を見つけて言った。
「それじゃない・・・彼の星だ」
「かれの?」 
 二郎の言い方に、誰もが首をひねる。
 ウルトラアイを着けたら、その星は見える。でも、肉眼では見えない。その事実を思い出し、二郎は諦めかけた。
 もうひとつの可能性がある。そのためには協力者が必要だ。地球人ではなく、彼と同じ星から来た者が。
「しる・・・び・・・シルビー」
 声が出ない。自分でもわかった。終わりの時が近付いていた。
「わたしは、ここにいる」
 静かな声で、女が歩み出た。
 シルビーは女性自衛官の礼装を着ていた。天城が手配した服だ。宇宙船を包囲する現場で、それは場違いな服と言える。
 戦闘服の自衛官たちを押しのけ、シルビーは二郎の側に立つ。その手で、赤いウルトラアイを胸に置いた。
「星が見たければ、自分で見ろ」
 シルビーが言った。二郎は胸に手をやり、ウルトラアイを握る。
「薩摩二郎に警告する。それを着けると、外す時、おまえは・・・」
 シルビーは言葉を切った。警告を最後まで言うのをためらった。
 二郎は頷いた。今度使ったら、何が起きるか。今の状態を知るなら、それは当然の帰結だ。
 彼も警告してくれた、友情として。
「コーヒー、お待たせでーす。はい、濃くて砂糖たっぷりの。はい、お子さんにはコーラね」
 給仕係の井出が緊張を破った。
 満田はトレーから紙コップを取り、一口つけた。それ以上飲めない。
 友里と昭二はコーラをもらった。弱っている義祖父を前に、飲むのをためらう。
「おい、おまえも飲んでみろ」
 満田は井出に紙コップを突き返す。
「や、やだなあ。間接キッスは女性となら歓迎・・・」
 井出は紙コップに一口つけて、それ以上飲めない。
「うう、塩・・・でした」
 濃くて塩たっぷりなコーヒーだった。井出はコップをトレーに置き、給仕テントへ帰る。
 昭二は注意深くコーラを一口みた。こちらは問題無しと安心した。
 ふう、息をつき、二郎はウルトラアイを顔へ持って行く。
 警告は仕方ない。しかし、見たいのだ、命をかけても。
 でゅわっ!
 衝撃があって、視界が晴れた。
 二郎は立ち上がる。手と足は赤いスーツ、頭は銀色の仮面をしていた。
 夜明け前、大雪山の稜線がかすかに見えた。その上に金星が輝いている。しかし、あれは違う。
 全天の星の中に、一際輝く星があった。彼の星だ。
 星へ手を伸ばした。ふわり、体が浮いた。
「おじいちゃん」
 昭二の声に振り向いた。わおっ、輝く目で見つめていた。
 二郎は人差し指で星を指した。
 友里が右手を振った。別れを覚悟している。
 二郎も手を振った。振りながら、昭二を見て、満田と桜井、菱見を見た。
 シルビーも小さく手を上げた、地球の風習に合わせている。
 行こう!
 二郎は決めた。彼の星へ行くのだ。
 気を溜め、一気に上昇した。薄い雲を抜け、どんどん上がる。もう振り返らない。
 どこまで行けるか、どれほど近付けるか、今は分からない。行けるところまで行くだけだ。
 目の前に輝く青い星に向かって、ひたすらに二郎は飛んだ。





< おわり >
   

爺いが主役の話を作りたかった。わたしより年上になったけど、まあ良し。

コーヒーに塩、ウルトラ的定番のメニューだね。


2015.3.8
OOTAU1